楽天の執行役員がビッグデータでEコマースの売上げを急伸させた秘策を公開 ――流通システム標準普及推進協議会 2014年度通常総会――

 毎年開催されている流通システム標準普及推進協議会の2014年度の総会が5月18日、ホテルフロラシオン青山(東京・港区)にて開催された。第1部総会では、13年度の事業報告と14年度の事業計画、さらに運営委員の選任について議事を行った。
 第2部の特別講演会では、楽天執行役員の森正弥氏が、同社のロングテール戦略を公開。さらに、データを活用した検索精度の改善やカタログデータの作成を紹介し、売上増などの成果をあげた実例を紹介した。

 

 

メッセージに関する維持活動を行いながら、導入支援活動を継続

 総会では一般財団法人、流通システム開発センターの林洋和会長による開会の辞に続き、経済産業省 商務情報政策局 流通政策課 の吾郷課長が来賓挨拶。続いて、前年度の事業報告と今年度の事業計画、さらに運営委員の選任について議事を行った。

 

 前年度の事業報告では、標準の維持活動として、基本形と百貨店版に関するチェンジリクエストを紹介。普及活動については、セミナーや展示会等を通して流通BMSへの参加を呼びかけ、参加社数が増加したことを報告した。今年度の事業計画でも、部会を通してメッセージやガイドラインに関する維持活動を行いながら、導入支援活動を継続していくことを宣言した。

 

 

1000万人に対して1000万通りのアプリサービスを

 続いて、楽天執行役員で、楽天技術研究所 所長 兼 ビッグデータ部 副部長の森正弥氏が、「ロングテール時代のデータ基盤と活用」と題した記念講演会を行った。

 講演冒頭に森氏は「ビッグデータという言葉がバズワード化しているが、単なるデータ活用を超えた、本質的な変化を捉えなければ本当の成果はあげられない。ロングテール時代、人々は集団から多様な『個人』となっている。それらの声に現場レベルでどう答えていくかが重要だ。今は、インターネット、スマートフォン、TwitterやFacebookに代表されるSNSなど、さまざまな技術のコモディティー化により、1000万人に対して1000万通りのアプリサービスを届けられ時代になった」と述べた。

 

 国内を代表するインターネット総合サービス会社となった楽天は、「日本を元気に」を創業理念に1997年、現会長兼社長の三木谷浩史氏が創業。日本国内最大級のインターネットショッピングモール「楽天市場」を筆頭に、「楽天オークション」などのEC事業、「楽天銀行」「楽天カード」などの金融事業、「インフォシーク」などのメディア事業、さらにはプロ野球チーム「東北楽天ゴールデンイーグルス」など50近くのグループを形成している。

 

 「楽天市場」への参加店舗数は、創業時の13店舗から今では4万6000店舗に拡大し、流通総額も1兆5000億円に達した。世界的Eコマースである「Amazon.com」との違いについて森氏は「日本全国の商品をくまなく扱っていることにある。しかも、まとまった数量を売るのではなく、そこにしかない希少な商品を揃えて、日本の小売業を活性化させていることが大きな違い」と説明した。

日本の小売業の特徴として、顧客にも商品にもロングテールが当てはまるという。日本には地方ごとに個性豊かな特産品があり、コアな趣味を持つ人が好んで買う傾向がある。そのため、近畿地方の人口わずか600人たらずの小さな村の農家が生産した柑橘系ジュースがネットでは思わぬ人気を集めたり、四国地方の業者が作った1体300万円の甲冑に予約注文が殺到したり、東海地域の焼き芋がわずか1分で完売になったりする。常識で測れない商品が売れ、それがロングテールで続いていく楽天市場の特徴だ。

 

 ただし、年に数個、数十個しか売れないロングテール商品は、売上金額にすればさほど大きくない。そのため、人手をかけずにIT技術を使ってコストをかけずに効率的に分析していくことが求められる。そこで、楽天には社内の一部署として研究開発を担う「楽天技術研究所」では、自然言語処理、データマイニング、大規模分散処理などについて世界的レベルで研究を行いながら、効果的な分析を行っている。「ロングテールとは、販売機会の少ない商品の売り上げが、全体のうち無視できない割合を占めるという法則だが、スマートフォンなどの登場で個がネットにつながる時代が来ると、かつてのような集団分析では対応ができない。これからは顧客一人ひとりのデータを取得して、それぞれにあった商品を提案していくことが重要だ。個々の情報の分析はビッグデータの活用で簡単になっているが、本質的に考えなければならないことは『顧客が変わった』ことを認識することだ」と森氏は強調した。

 

 

データを活用し、Eコマースの売上が急増した事例が多数

 続いて森氏は、楽天の「データ活用」について説明した。楽天グループでは、多様なデータを集約した巨大なデータベース「SuperDB」を自社で開発。このSuperDBを使って約50あるグループの事業活動のデータを集約して楽天技術研究所のデータアナリストが商品分析を実行。新たな商品提案方法を考え出している。


 代表的な例がインターネットでのレコメンド(おすすめ)機能だ。SuperDBに蓄積したデータを活用した「統合レコメンドプラットフォーム」を作り、各種アルゴリズムで分析した結果を、楽天グループの各種サービスにカスタマイズして提供している。森氏は「Amazon.comはレコメンド機能の活用で30%の売上向上が可能と発表しているが、楽天グループもその数字には納得ができる。レコメンドはどこのECサイトも行っているが、ビッグデータをいかに活用するかで勝負が決まるだろう」と語った。

ただし、顧客データや販売データだけに目を付けているだけでは、理想的な効果が得られるとは限らない。顧客の要素に、社会的なニュース、集合知なども取り入れていかなければ重大な情報を見逃し、分析は徒労に終わる可能性は高い。森氏は「顧客だけにこだわらず、リスクを排除した分析をすることが重要だ」と強調した。

 

 次に情報爆発とビッグデータについて言及した。情報爆発により、楽天市場のトランザクション数、商品数、レビュー登録数は急激に伸び、07年にはシステム的な処理が追いつかない状況に追い込まれたこともあった。しかし、この苦境を救ったのが最新のIT技術だった。当時、ビッグデータの活用に向けた大規模分析基盤(Hadoopなど)が登場。ロングテールにおける顧客一人ひとりの分析が、より高速に行えるようになったという。

 

 そこで楽天は、楽天市場で売れ筋商品のランキングを発表する「楽天プロダクトランキング」において、更新頻度の短縮と、ジャンルの細分化を試みて大きな成果をあげた。「売上を分析してみると、ランキング頻度が高いほど売上は増加し、ジャンルが細かいほど全体の売上があがることがわかった。そこで更新頻度をリアルタイム化し、商品ジャンルを300から一気に8000まで細分化したところ、狙い通りロングテール商品も含めて効果が出ている」と森氏は語った。

 

 もう一つは、検索時の漢字ミス、省略などに対しても正解と思われる言葉を提示する検索精度の改善だ。これによって、欲しい商品が見つかりやすくなり売上向上につながった。つまり①ユーザーの検索行動を収集②検索頻度の計算③ノイズキーワードの除去④フロントへの適用――の4つのサイクルをいかにして早く回すかがカギになるというのだ。

 

 また、誤ったカテゴリーに登録されている商品を、正しいカテゴリーに登録し直すだけでも効果が出たという。「ビッグデータで誤分類商品を検知し、正しい商品ジャンルに自動で付け直すだけで顧客のストレスは減り、実際に売上平均で十数%伸びた事例もある」と森氏は語った。その他にも商品画像のデータをより見やすく、きれいな画像に差し替えただけで、売上増加にすさまじい影響が出るほどの効果があり、商品画像のクリーニングはどの企業でもすぐに機械的にできるだけに重要な要素と指摘した。

 

 

ビッグデータ時代は顧客の個人情報へのこだわりは不要


 森氏はビッグデータの次のステップとして、O2Oにより差別化・付加価値を実現していくことの重要性を説いた。具体的には、スマートフォンやタブレットユーザーに対して情報を提供し、クーポンやディスカウントと組み合わせて付加価値を提供していくことだ。実際、PC単体で使うユーザーより、複数のデバイスを使いこなすユーザーのほうが年間の買物額は1万円ほど高い結果を得ている。

 また、最近はセンサー技術を使ってあらゆる情報を取り込み、ありとあらゆるものが予測可能になった。実際、楽天市場のデータから日本の景気動向までもが予測できるようになり、楽天の金融ビジネスへのフィードバックが期待されていることを述べた。

 

 最後に講演の締めくくりとして森氏は「顧客の個人情報を集めず、使わず、誰でも入手できる公開された情報だけで分析していくことが重要」と示唆に富む提言を行った。顧客の中には、個人情報を取られることに嫌悪感を抱く層は必ずいる。レコメンド機能でさえ嫌という人も多い。それであれば、プライバシー情報は一切使わないという選択も重要になるというのだ。「企業はデータ解析の及ぼす影響範囲を慎重に考え、プライバシーを尊重していくことが必要だ。個人情報を使わなくてもできることはたくさんある。サーカスのシルク・ドゥ・ソレイユは、それまでサーカスの常識と思われていた『動物』を使わずに、動物管理のコストと動物愛護団体から訴えられるリスクを排除し、ステージの質を高めることで大成功を収めた。これと同じように、小売業でも顧客のプライバシー情報を集める固定概念を捨てて、すぐに入手できるビッグデータだけを活用しながらサービスの発展を目指すことを考えてみてはどうか」と投げかけて講演を終えた。

 

 

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