アマゾンのマーケティング本部長がEコマースビジネスにおけるクラウド活用の最先端事例を紹介 ――流通システム標準普及推進協議会 2015年度通常総会――

 流通システム標準普及推進協議会の2015年度の総会が、2015年5月27日、明治記念館(東京・港区)にて開催された。第1部の総会に続き、第2部の特別講演会では、アマゾン データ サービス ジャパン株式会社 マーケティング本部 本部長の小島英揮氏が、小売業のDNAから生まれたクラウドサービス、AWS(アマゾン ウェブ サービス)の概要と日本における活用事例に関する講演を行った。

 

 

薄利多売を実現するアマゾンのビジネスモデルから生まれたAWS

 「小売業のDNAから進化したクラウド~AWSの概要と日本における活用事例について~」と題した講演会。小島氏はまずアマゾンの創業者であるジェフ・ベゾスが、創業前に紙ナプキンに書いたといわれるビジネスモデルの図を紹介。「品揃えを増やすことで顧客満足度を高め、それによってバイイングパワーを獲得しながら、商品を低価格で提供していく。そのサイクルが価値競争をもたらし、顧客満足度がさらに向上していく。この流れがアマゾンの成長のエンジンになっている」と語った。

 アマゾンは「本」を売ることからビジネスを始めたが、ベゾスが目指していたのはインターネットを使った拡張性の高い薄利多売のビジネスだ。薄利多売のビジネスを実現するためには、拡張性とスピードが重要であり、テクノロジーを駆使してビジネスにかかる時間を短縮していくことにある。そして、「薄利多売を実現するアマゾンのビジネスモデルやカルチャーから生まれたクラウドサービスがAWS(アマゾン ウェブ サービス)だ」と強調した。

 

 小売りとITの関係は密接だ。伝票の処理にはITが欠かせない。キャンペーンを実施するにもITの活用が当たり前になっている。こうした現場からのニーズに、IT部門がしばらく応えられない時代がアマゾンにもあった。一時的なキャンペーンのためにサーバーを増やしたり減らしたりするのは不可能だったのだ。そこでベゾスは社内に対して「ミーティング禁止」を打ち出し、個別最適から全体最適への移行を決断。「ボタンを使って会話をしなさい」と指示した。「つまりボタンをポチっと押すだけでサーバーが調達できて、ポチっと押すだけで返せる、こうした仕組みを作れと指示した」と小島氏は説明する。

 

 結果としてベゾスの試みは成功した。その結果、アイデアはすぐ形となり、うまくいかなければすぐに止められるようになった。時を経て外部にもサービスとして提供できるようにしたのがAWSの誕生のきっかけだ。それによって今から9年前の06年にアマゾンのクラウドストレージサービス「Amazon S3」が登場することになる。小島氏は「アマゾンは世の中に『クラウド』という言葉ができる前からAWSを提供している。世の中にあるクラウドサービスはアマゾンの追従者だ」と語る。

 

 15年現在、アマゾンは東京を含む世界11箇所にデータセンター群を設置。ネットワークの高速化ロケーションを世界50箇所近くに持ち、世界中で高品質のサービスを提供している。世界でもクラウドベンダーのトップであり、ワールドワイドでAWSの売上げは日本円で年間6,000億円。「日本国内のサーバーとストレージの消費総額がワールドワイドの売上げに相当する」と小島氏は説明した。

 

 

オムニチャネルやデジタルマーケティングをクラウドが牽引

 日本企業では現在、IT部門の投資予測は右肩下がりの傾向が見られるが、クラウドの投資金額に限れば右肩上がりで伸びている。IT部門だけでなくマーケティングやEコマースの分野を中心にクラウドの採用が加速。小島氏によると、AWSの利用客は日本だけで2万人に達しているという。具体的にはメーカーから物流、DM、スタートアップ企業までさまざまで、地方の中小企業から大企業まで幅広い。

 

 小島氏はAWSの具体的な利用シーンとして、①すでに電算室を持つ企業が不足分を補う、②今あるシステムをクラウドへ移行する、③新しいサービスを始める、の3つを挙げた。その中で「②と③が非常に多い。クラウドに全部寄せて、クラウドに移行できないバックアップデータだけを手元に残しておく、クラウドありきの考え方にシフトしている」と指摘。そして具体的な事例として、トヨタ自動車の11のドメインがAWSに移行し、キャンペーンなどに適用されていること、多くの企業の業務システム(ERP)の運用基盤に採用されていること、マネックス証券が株価配信のミッションクリティカルな場面でAWSを採用していることなどを紹介した。

 

 さらに流通においてもオムニチャネル戦略で来店情報を大量に蓄積し、データ分析で利用されている例を取り上げ「オムニチャネル戦略ではデータを蓄積しておく基盤、ストレージが必須だが、効果が予測できないがために稟議が書きにくい。クラウドなら、数千円で調達してすぐに始めることができるので、効果が出たら、次に進むというように、使い始めるためのハードルが下がっている。これによってオムニチャネルやデジタルマーケティング系でITを使う動きが加速され、それを牽引しているのがクラウドだ」と小島氏は説明した。

 

 AWSによって効果を挙げている代表的な事例がある。それが、回転寿司業界大手の「あきんどスシロー」だ。同社では寿司の皿にICタグを取り付け、それをカウントすることで寿司の鮮度を測定している。小島氏は「薄利多売のビジネスではいかに廃棄ロスを減らし、いかに客単価を上げるかがカギだ。スシローではお客様が寿司の皿を取るタイミングでAWS上にデータを送信し、そのお店での売れ筋を分析。お客様が着席した瞬間に、売れ筋の寿司ネタを流すことが可能になっている」と語った。小島氏は情報システム部門のスタッフがわずか5名のスシローの事例を紹介しながら「大切なことは、やろうと思えば誰でもできること。『スシローは特別だから』と傍観しているだけではいつまで経ってもそこから抜け出すことはできない」と強調した。

 

 

クラウドを利用したビッグデータ分析のメリットは解決策が素早く打てること


 次に小島氏は、アマゾンの具体的なサービス内容を紹介。現在企業内に導入している社内システムは、すべてアマゾンのサービスで置き換えることができ、サーバーやストレージの調達や運用から解放される。さらに新しい使い方として、各種機器から取得した情報から傾向や対応のパターンを見つけ出す「マシーンラーニング」に注目していると語り、これを使うことで、例えば配送ルートや誤った指示を事前に検知することで業務の効率化につながると加えた。

 クラウドを利用したビッグデータの分析については、そのメリットを今何が起きているか解決策が打てることにあり、さらに結果にたどり着くまでの時間も圧縮できると指摘。「こうしたことができるようになったのはここ4年、5年のことで、これから2年でさらに別の世界がやってくる。これからは、クラウドを使っている人とそうでない人とでは差が開いていくことになるだろう。ただし、今は使い始めるハードルが高くない。Excelが使える人であればその延長上で傾向や対策を導くことが可能だ。大切なことは、それをやるかやらないかにかかっている」と念を押した。

 

 そして成功事例として、近年業績が好調のファミリーレストランチェーンの「すかいらーく」を取り上げ、クラウドで分析することでキャンペーンの精度を向上させ。コストを下げながら売上げを増加させたことを紹介。「IT部門の担当でなく、マーケティング担当がビッグデータで分析したことで実現しえたことがポイント。みなさんも第2のすかいらーくを目指して欲しい」とハッパをかけた。

 

 続いて小島氏は、アマゾンのサーバー調達手順をデモで紹介。そして「どこの国でも、サーバーの立ち上げまで2分から3分しかかからない」と語った。そして大切なこととして、調達も早いが返却するのも早いことにあると指摘する。「現場のスピード感は確実に加速する。発注してものが届くまで待つ必要がない。クラウドのメリットは、利用量に関係なく利用できることにある。自社で準備すると、最大のピークにあわせて調達しなければならない。その結果、無駄なコストが発生してしまう。クラウドなら突発的な事態でもすぐ対応でき、不要になればいつでもやめることができる。クラウドはコスト面でのメリットもあり、一度使ったユーザーは2度と自社構築に戻れない」と語った。

 

 

クラウドは失敗のコストを下げ、次に進むためのツール

 小島氏は、AWSでよく質問を受けることが多いというセキュリティについても言及。不安視する声をよく聞くが、クラウドによってセキュリティは自社で運用するより強化されると説明し、運用コストも大幅に削減できるという結果を、各種調査会社のレポートをもとに解説した。

 

 最後に小島氏は、AWSのメリットとして、縮退を加えた。サーバーを自社で調達してデータセンターを契約してしまうと、それがうまくいかなかった場合でも、減価償却が始まっているがために、それを捨てて次に進むことができない。結果として、そこから延命措置が始まるが、その間に張りついているリソースはすべて無駄になってしまう。つまり、ものを買うと失敗のコストが下げられないのだ。その点、クラウドならすぐにやめて、何度もチャレンジを繰り返すことができる。小島氏は「大切なことは、より多くの打席に立つことにある。そのためには、失敗の価値を下げることが重要だ。クラウドは技術やITの話でなく、失敗コストを下げるツールであることを認識して欲しい。そしてAWSを使ってみなさんのビジネスをドライブしてください」と語って講演を終えた。

 

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