小売業にデジタルトランスフォーメーションの波が到来、Retail1.0からRetail2.0へ――流通システム標準普及推進協議会 2019年度通常総会――

カスミ
専務取締役 上席執行役員
ロジスティック本部マネジャー
ビジネス変革マネジャー
ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス
ICT本部 本部長
山本 慎一郎 氏

 

 クラウドサービス、スマートデバイス、5G通信、人工知能(AI)など、最新のITテクノロジーを使ってビジネスに変革をもたらす「デジタルトランスフォーメーション」の波が小売業にも訪れている。早期に対応することでビジネス課題の解決が実現し、競争優位性が高まるとして注目を集め、海外の小売業者はすでに多くの成果を挙げている。19年5月17日に明治記念館(東京・港区)で開催された19年度の流通システム標準普及推進協議会年度総会の記念講演会では、日本最大規模の食品スーパー「ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス」でICT本部長を務める山本慎一郎氏が登壇し、小売業に革命をもたらすデジタル革命のメガトレンドについて解説した。

 

 

新たなステージへの移行に向け「守り」と「攻め」のICT改革を進行中

 ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスは、2015年にマルエツ、カスミ、マックスバリュ関東の共同持株会社として誕生した。2019年4月末現在、1都6県で518店舗を展開し、合わせて6,943億円の営業収益を上げている。従来、小売事業者は、新規出店を重ねることで成長を遂げてきたが、AmazonなどのEC事業者の台頭で近年はその「法則」が当てはまらなくなってきた。共働きの家庭が増えて消費者のライフスタイルが変化している。小売店同士の競争も限界に達し、差別化がしづらくなっているのが現状だ。

 

 そこで同社は、2017年度を初年度とする第1次中期経営計画で今後10年の成長に向けた新たなステージへの移行を目標に掲げ、「商品改革」「ICT改革」「コスト構造改革」「物流改革」の4つを重点領域として改革を進めている。山本氏は「ICT改革では、守りと攻めの両面から改革を推進しているが、現状は守りが95%を占め、既存システムの運用メンテナンスに多くのコストがかかっている。今後ICTインフラの統合や最適化によって固定費を削減し、オムニチャネル化、ストレスフリー、顧客参加型店舗など、新しい顧客体験を提供する。顧客のライフスタイルに合わせた魅力ある品揃えをICTによって実現していくことが目標だ」と説明する。

 

 

小売業界を動かすメガトレンド

 ICTの進化を経営戦略に掲げる同社だが、世界の小売業を見ると、大きな革命が起こっている。山本氏は19年1月にニューヨークで開催された全米小売業協会の展示会(NRF2019)をもとに、小売業界を動かすメガトレンドを紹介した。全米ではAmazonの台頭で16年頃はオンライン店舗がリアル店舗を駆逐する「小売の黙示録」が到来したと言われていた。ところが、フタを開けてみるとオンラインとリアルの両方が相乗効果で伸長し、18年のクリスマス商戦では過去10年で最高の売上を記録した。特に2000年代に社会人になった「ミレニアル世代」の若者はオンラインとリアルの両方を好む傾向にあり、新たな体験の獲得に貪欲だ。アメリカの小売業の成功について山本氏は「顧客体系の再定義に成功したことの証左であり、業界全体の再創造が進行している。それに対して、18年のクリスマス商戦で過去最低を記録した日本の小売業界は、あと3年以内に顧客体験を再創造できなければ明らかな負け組になる」と警鐘を鳴らす。

 

 NRFの展示会で山本氏は、商品を手に取るだけで自動的に売上がカウントされる冷蔵庫、温かいピザを持ち帰ることができるIoTロッカー、駐車場まで自動的に商品を運んでくれるショッピングカートなど、最先端の技術を目撃したという。今やアメリカではモバイルPOSが当たり前となり、単純なPOS情報だけでなく、クーポンやロイヤリティプログラム、売り場検索、商品検索などの機能が組み込めるものまである。画像認識機能の搭載も一般的で、チャットボットで消費者の質問に答えてくれるのも当たり前だ。こうした技術は、次々と特許申請されており、気が付いたらすべての特許がアメリカ企業によって独占されてしまう可能性もある。

 

 「ECによってリアル店舗はビジネスを変革せざるを得ない状況だ。小売大手のウォルマートはオンライン販売の顧客獲得に力を入れ、年会費無料で2日以内に配送するサービスを始めた。対抗するAmazonも追随し、競争が激化している。今やビジネスモデルを変えなければ、競争に勝つことはできない」(山本氏)

 一方の日本はいまだにリアルな在庫すらわからない状態。消費者は来店前に在庫の有無が把握できないため、スーパーに電話をかけて聞くしかない。これではストレスしか感じないだろう。「新しいビジネスを創るためにはPOSとEDIが重要。まさに流通BMSや商品マスターの出番となる」と山本氏は指摘する。

Retail1.0からRetail2.0へ

 それでは、旧世代のRetail1.0から新世代のRetail2.0へとシフトするためにはどうしたらいいのか。かつてはホストコンピュータに低速回線のモデムでアクセスし、バッチ処理するのが当たり前だった。チェーンストア情報を処理でも、POSログを1日平均で400万件処理するのに、2400bpsのアナログ回線で30時間かかっていた。そのためシステム設計は制約条件の中でいかに資源・時間内で処理するかが課題だった。

 

 それに対して現在は回線速度こそ速くなったものの、バッチ処理であることは変わらず、在庫更新も1日1,2回が限度だ。POSもセンターサーバーで処理されるが、1日数回に限られる。こうした状況を変えるためには、既存のICTに機能を追加するのではなく、まったく新しい環境でICT・ビジネスプロセスを再構築する、つまりデジタルトランスフォーメーション、ビジネストランスフォーメーションを実現する必要がある。

 

 「そもそも締めがあるのが当たり前という過去のICT技術に基づく状況を変えなければならない。モバイルPOSやエアレジに締め時間の概念はない。クラウドファースト、モバイルファーストによってRetail2.0に移行し、締めがない世界、売れたらすぐにわかる世界を実現しなければならない」(山本氏)

 

 

新しい小売ビジネスと標準化

 新しい小売ビジネスのキモは、ICTを活用して顧客体験、つまりカスタマーエクスペリエンス(CX)を高めることにあると山本氏は強調する。従来の顧客満足度(CS)の向上は役に立たない。一連の購買活動を経て「顧客が感動するか」を基準にすることが重要だ。

 

 現在の消費者は、商品を購入する際に安さよりも利便性を重視する。健康食品のように、自分が気に入った付加価値にはそれなりの対価を積極的に払う。それはアメリカでも顕著で、かつてEDLP(エブリデイロープライス)を掲げていたウォルマートは、キャッチフレーズを「Save Money. Live Better」(お金を節約して、より良く暮らす)に変えている。NRF2019では具体的に「変化対応だけではなく、成長モデルを変革する」「フィジカルとデジタルの両方を提供する」「新たな企業を巻き込んだエコシステムを構築する」「地域社会や地球環境の問題を解決する」「広告のあり方を変える」の5つが提唱されていたという。

 

 小売の価値命題は、製品価値と顧客体験の2つで顧客に喜びを与えることにあると。つまり「便利」だと思ってもらうことと同時に「面白い」と思ってもらうことが重要だ。そのためには優れたオペレーションが必要になる。メーカーは品名と価格以外に消費者に何を伝えるべきかを考えなければならない。ものによって品質も変わるため、トレーサビリティも重要。さらに発注管理や在庫管理をなくしてリアルタイム在庫を実現し、物流最適化によって可視化・自動化を実現する。売り場管理にはロボットを導入する。このように、発注、在庫、トレーサビリティ、物流はすべてEDIがベースになるため、マスター整備は避けて通れない。「日本も先行する欧米に遅れないようにしていくべきだ」と山本氏は指摘した。

 

 しかし、そのためには既存の商品マスターの課題を克服しなければならない。現在は、商品の一意性や、SKU情報が確保できない。商品標準やキーワードが不足し、カテゴリー情報もばらばらだ。山本氏は日本におけるGDSN的な標準商品マスターの登場を心待ちにしているという。実際、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスでは3つのスーパーマーケットの商品マスターを自動で統合するデータベースを構築している。品名やキーワードを自動的に付与し、不明なものはAmazonやGoogleで検索してAIで判定するというものだ。この3社統合データベースを標準カテゴリーに合わせていく考えで、今後はAIの技術を使ってカテゴリーを多元化し、個々に合わせていくという。

 

 

リアルタイム在庫とブロックチェーンの実現へ

 最後に山本氏は同社の流通BMSへの対応状況を説明した。同社は2012年に流通BMSの導入を決定したが、独自発注方式がパッケージに適合せず遅延が発生し、2015年には導入を中止した。同年、新たにBMSベンダーを選定しなおしてサーバー型、クライアント型、Web-EDI型の流通BMSを導入。2016年度上期より取引先に展開し、2018年11月にJCA手順の集結を宣言した。今後の課題は在庫のリアルタイム化にあるという。現在のところ、在庫が不正確だがその原因は物流がリアルタイムに動くのに対して、情報がバッチで処理されていることにある。そのため、物と情報の不一致が発生しているのだ。今後は、SKUと梱包在庫の同期化、販売情報のリアルタイム計上、その他の発生情報のリアルタイム計上を進めることでリアルタイム在庫を目指していく考えだ。

 

 もう1つは仮想通貨でも採用されている「ブロックチェーン技術」の活用だ。ブロックチェーンの魅力は、サーバーレスの技術を使っていることにある。サーバーが不要なため、小さな端末があればすぐに動かせることにある。このメリットを使って今後は小売にどういった視点でブロックチェーンが活用できるか探っていくという。例えば、HACCP対応や輸送中の温度管理、拠点別・輸送中在庫の把握、分散処理とリアルタイム化、取引確定のスピードアップ、商品トレーサビリティなどの「解」として扱えるかもしれない。山本氏は「スピード感を持って、2020年から2022年を目処に考えていきたい。それらを支えるのもEDIやマスター管理。これらを整備することでビジネス変革が成し遂げられる」と語って講演を終えた。

 

 

 

 

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