元 流通システム標準普及推進協議会 運営委員会委員長
元 (社)日本加工食品卸協会 情報システム研究会座長
元 株式会社菱食 戦略機能部門統括 ITネットワーク本部 本部長代理 参与
稲垣 登志男氏
2006年度の共同実証をスタートによって、流通BMSはスーパー、チェーンストア業界など、小売業を中心に導入例も確実に増加しています。
今回は、流通システム標準普及推進協議会運営委員会委員長の稲垣登志男氏に、流通BMS導入の状況とさらなる普及に向けた課題、実際に菱食で流通BMS構築を主導された経験から、システム構築における留意点、そして協議会の取り組みについて聞いた。
一定の成果が確認されたが、次へのステップに向けた課題も大きい
経済産業省のSCM事業の1プロジェクトとして、流通BMSの共同実証が2006年度にスタート。スーパー業界では、すでに複数の企業が実運用の段階に入った。また、百貨店業界やチェーンドラッグストア業界、ホームセンター業界が共同実証を終了し、移行の動きは着実に進む。流通BMSは本格的な普及へと向けた次のステップを目指そうとしている。
「3年に及ぶ実証実験で、スーパーなどの小売業では主要な大手を中心に導入が進んでいます。また、それらの企業では、通信の高速化による受発注処理時間の大幅短縮、それに伴う業務改善、伝票レス化などのメリットを享受しているところも確実に出ており、一定の成果が確認されるまでになりました。しかし、流通BMSの普及をさらに中堅、中小にまで拡大して、次のステップへと発展させていくには、さらに環境を整備していく必要があるでしょう」と稲垣氏は指摘する。
なお、共同実証の当初から参加し、着実に運用を拡大している菱食は卸売業では最も取り組みが進んでいるが、「2009年7月末現在、取引先の導入状況は18社で、業界全体としての導入状況は当初の予定より遅れがちというのが現状です」と説明する。
その要因はいくつかあるが、流通BMS導入によるビジネス上のメリットを明確に打ち出せていないこと、小売業と卸売業間という二者間の導入例はあっても、目標であるメーカーを加えた流通三層間の構図にまで発展させるにはもう少し時間が必要であること、そして流通BMSという言葉がまだ十分に認知されているとは言えないことも大きいという。さらに、昨年からのリーマンショックの影響で、企業の設備投資が大幅な見直しを余儀なくされたという特殊要因も加わった。
卸売業における標準化メリットは大きい
卸売業における流通BMS導入のメリットについて稲垣氏に尋ねると、現状の標準化メリットは、今まで小売業各社ごとに行っていたEDI対応が不要となり、システムの個別開発から解放されることや、卸売業間での協業が容易になることだという。
「今後は、通信時間の短縮で受注や出荷業務における合理化が期待されていますが、更なるビジネス上のメリットを追求するには、導入後各社が、業務フローの見直しや改善といった努力が必要でしょう。また、地方や中小食品スーパーが流通BMSを導入して初めて、本当の標準となり、大きな可能性が広がります」と稲垣氏。
初期投資を大幅に削減できるASP/さらなる普及には、よりコスト負荷が少ないサービスが必要
2006年10月に大手小売業と卸売業13社の共同による実証プロジェクトがスタートしたが、プロジェクトに率先して参加した菱食は、イオンと平和堂との間に流通BMSを構築した。その背景には、「新しいシステムを積極的に取り入れるという企業風土があり、実験というよりは当初から実ビジネスへの適用を想定していた」という。
システム構築は、自前か、それともASPなどのアウトソーシングを選ぶべきなのか。 実際にシステム構築を手掛けた経験から、判断のポイントや留意すべき点を聞いた。菱食の流通BMS導入に当たって稲垣氏が重視したのは、将来、予想される変化に対して柔軟に対応し、いかに少ないコストで運用していけるかという点だ。
「導入を検討した当初は、まだ食品、グロッサリー業界だけでしたから、今後、他の業界が参加すると、必ず各業界との取引に必要なメッセージが追加されます。そうなるとメッセージバージョンの世代管理が問題となりますので、そのような過渡期にあってはASP型が有効だと判断し、採用を決めました」と説明する。
ASPの活用で、初期投資もシステム開発工数も大幅に削減できる。今後、追加仕様が発生し、バージョンが変わってもその対応はASP側が行ってくれるため、運用管理に掛かる負荷をほとんど考えずに済む。
「もし、自前でシステム構築するとなれば、それなりの投資が必要になりますが、かわりに柔軟な運用が可能で、障害に対して素早く対応できるメリットがあります。中堅、中小規模の企業にとってはASPやSaaS(Software as a Service)なのか、自前で構築するか悩ましく、ビジネス面での費用対効果を考えるとコスト高と感じる企業は多いでしょう。それだけに多くのITベンダーには、共同ASPの構築や、流通BMSのWeb-EDI版など、できるだけコスト負荷が少ないサービスの早期実現を期待したい」と稲垣氏。
本格的な活動を開始した協議会
最後に、流通システム標準普及推進協議会の運営委員会委員長として、今後、流通BMSの導入支援や普及推進活動について聞いた。
すでに、協議会は本格的な活動を開始しており、45団体が参加、ユーザー企業数は18,000に上る。普及推進のために協議会として打ち出しているのが、以下の点だ。
・流通BMS導入のメリットをわかり易く明確化する
・企業が容易に導入できるようITベンダーの協力による安価な製品やサービスの実現
・達成可能な普及目標(デジタルな目標)に設定する
さらに、標準化を進展させるためには、流通BMS対応のシステム開発投資に関わる税制優遇や補助金など経産省の後押し、普及推進策も期待するとしている。
また、5つの各部会に対しては、新しいビジネスモデルを構築する意識を持つことを期待するという。具体的なテーマとして挙がるのは、生鮮商材関連の検討、商品マスタデータ管理項目の整理、物流ラベル対応、画像情報取込、トレーサビリティ対応などだ。
このうちトレーサビリティについては、今年4月の「米トレーサビリティ法」成立によって、電子伝票システムの標準化促進が期待できるなど、新たな動きも出ている。
稲垣氏は最後に「協議会が目的とする標準化は、社会的貢献であり、生産性向上、グリーン化等にもつながります。各会員には、そうした高い意識を持って、流通BMSの推進と新しいビジネスモデルの開発に取り組んでもらいたいと」と語った。