SCMのデジタルインフラを支える流通BMS

経済産業省 商務情報政策局
商務流通グループ 流通政策課
課長補佐(企画調整担当)
妹尾 善多氏

 

 経済産業省が推進してきた流通システム標準化事業が、2008年に流通システム標準普及推進協議会へと引き継がれてから早3年。多くの流通事業者が流通BMSの導入を進める中で、社会情勢の変化などによって新たな課題が浮上している。
 特に近年、メーカー、卸売業、小売業の縦方向の連携に注目が集まり、全体最適化をはかるうえで欠かせない課題として認識されているのがサプライチェーン・マネジメント(SCM)とそれを支えるデジタルインフラだ。
 そこで今回は、製・配・販の3者を統括して管理する経済産業省を取材。商務流通グループの流通政策課 課長補佐の妹尾善多氏に、製・配・販の連携における流通BMSの役割や、経済産業省の支援体制について聞いた。

 

SCMによる製・配・販の縦連携が流通業界全体の課題

 

 財団法人 流通経済研究所の調査によると、日本国内の食品小売総額は、90年代後半の50兆円強をピークに減少を続け、2050年には30.7%マイナスの40兆円弱まで下落すると予測されている。少子高齢化が進み、継続的な消費財の需要減が進む現在の状況を鑑みても、今後流通業界全体が深刻な影響を受けることは明らかだ。
 こうした状況に対して妹尾氏は「メーカー、卸売業、小売業それぞれが将来の発展・変化に必要な原資を得ていくためには、縦に情報連携し、SCMを徹底することが重要です」と警鐘を鳴らし、「メーカー、卸売業、小売業、最終消費者とを結ぶ情報を直列同期化することで、過剰在庫・欠品の解消や配送頻度の削減などが実現し、非常に大きな収益源確保に結びつきます」と強調する。


 卸売業、小売業など流通システム全体を所管する経済産業省 商務情報政策局 商務流通グループ流通政策課では、日本の流通業全体の収益改善と、グローバル競争力の強化を重要な政策に位置付け、業界全体を支援している。11年5月、消費財分野のメーカー、卸売業、小売業の「製・配・販」3者が流通の全体最適化を目指して開催した「第1回製・配・販連携フォーラム」においても、経済産業省は流通業界全体の振興を支援する立場から3者を取りまとめる重要な役割を果たした。


 「今までは、製・配・販それぞれの層ごとに横の連携(たとえば水平合併やチェーン化)によって経営の向上を図ってきましたが、売上カーブの下降が進んでいる今、横の連携だけで限界があるのは明らかです。これだけの下降カーブに対応しつつ継続的な収益を得るためには、製・配・販の縦連携を実現し、SCMによって流通全体を効率化することが重要です。全体の最適化処理がされないサプライチェーンと比較すれば、最適処理により得られる資源の可能性は非常に大きなものです。また、各社の店頭・バックヤード・営業部門などで、優秀な従業員・社員を確保することが難しくなるなかで、正確かつ省力化された仕組みを作るためには、デジタル化は必要不可欠です。
 経済産業省は所轄官庁として、製配販連携協議会の設立を支援してきました。そして今後さらに、在庫・販売データを製配販でシェアするようなデジタルインフラの構築を、公平・中立の立場から支援していくことが、私たちの重要な任務であると認識しています」(妹尾氏)

 

 

流通BMSによる標準化で高コスト構造を解消

 


 製・配・販連携フォーラムにおいて、「流通BMS導入推進」は主要テーマのひとつとして採択され、発起人15社と賛同企業の計49社による「流通BMS導入宣言」が発表された。流通事業者同士の連携姿勢について妹尾氏は「情報システムは、SCMの基盤中の基盤であり、データの形式の統一は必要不可欠です。形式が異なれば、データの統合処理が円滑にできない結果、高コストなサプライチェーン構造は解消されず、結果的に最終消費者への価格として影響を及ぼします。流通BMSを起点にデータの標準化を進め、流通業自体の情報産業化が加速することで、業界全体に成果をもたらすことが期待できます」と評価した。

 とはいえ、流通BMSを導入済みの企業は、流通BMS協議会事務局が公開している数で220社(11年6月時点)と、数千社あるといわれる流通事業者の一部に過ぎない。こうした状況について妹尾氏は「ようやくジャンプ台についたばかり」と指摘しつつも、次のように語った。
 「最初はIT環境の構築による事業メリットに関心の高い中堅・中小のリテーラーが中心となって流通BMSをいち早く導入してきましたが、今回の流通BMS宣言では、産業全般への影響力の強いトップリテーラーが一斉に導入の宣言を行っており、大きな潮流の転換が起きるものと期待しています。また、これからは、垂直的なマネジメントの導入や、将来の水平・垂直の合併・統合を視野にいれた情報システム標準化、そして勤労者の高齢化・リタイアを踏まえた省力化が、経営・収益力に現実に影響を及ぼす課題になることから、ITによるデジタル管理の導入に積極的な企業とそうでない企業の間にある壁は、急激にクリアされる方向にあるものと予想しています」

 


オペレーションのIT化が収益構造の抜本的改革を支援

 

 現在、自社内のデジタル化を徹底している事業者は多い。ところが、川下側においては合理的サプライチェーンの起点・基盤となるべき需要予測の精度を高める工夫ができていなかったり、川上側においてもサプライチェーンの起点にある販売・在庫状況をリアルタイムに把握できていなかったりするケースが一般的で、シンプルな意味でのSCMが成立する基盤がない。また、小売の店頭においても、需要予測や在庫の減少速度が掴みきれず、過剰在庫や欠品が発生している。妹尾氏はこうした課題を解決する方法について次のように示唆した。
 「ひとつひとつで改善する方法は有効ではなく、マクロレベルで商品の販売状況を把握するデジタルインフラが必要です。たとえば、店頭での商品の動きが、メーカーや卸売業にリアルタイムにフィードバックされる仕組みが構築できれば、流通業全体に横たわる未出荷廃棄といった構造的な課題も急速に解消されるでしょう」


 加えて、2011年3月の東日本大震災ではサプライチェーンの柔軟性の問題がフォーカスされたが、緊急時のトータル需給バランス・市中在庫量・稼働店舗の把握や、燃料消費を抑制した最適配送ルートの再設計などは、デジタルインフラがあって初めて整然と処理されうるものだ。妹尾氏は「経済産業省では、SCMの合理化実現に向けて、流通BMSの導入を継続的に支援すると同時に、流通事業者がメリットを享受しつつ、返品・廃棄・過剰配送など社会的負担の重い各種課題を柔軟に軽減できるデジタルインフラの構築を最重要の政策目標に掲げ、今後、取り組みを強化していきます」と語った。


 近年、消費者に安全な商品を届けるうえで、トレーサビリティーの管理も流通事業者の重点課題のひとつだ。しかし、流通経路が複雑化している現在、川下から川上までの流れを正確に辿ることは容易でない。商品の流通経路を正確に把握するためにも、デジタルインフラが必要不可欠である。
 「トレーサビリティーの管理においても、製配販のデータを連結・同期化する垂直的なデータ流の整備が基本になります。トレーサビリティーの強化のような価値の提供の観点からも、社外とのデータリンクを念頭に置いたシステム標準の開発・導入が必要不可欠となります。流通BMSを含め、早い段階での社内のシステム・業務の標準化は事業基盤としておすすめします」(妹尾氏)


 とはいえ、ITの専任担当者の不在や、導入コスト面がネックとなり、IT環境の導入に二の足を踏んでしまう流通事業者も少なくない。妹尾氏は「技術革新が進んだ今、経営トップが情報の標準化に真剣に取り組めば、より良い方法は発見できます。IT化のハードルはかつてほど高くありません。ソフト・ハードの価格や通信コストは、よく探せば数年前の数十分の一もの安価になっているケースもあります。また、各社で好みの差はあっても、同様の業態であれば必要な情報システムは同一ですから、親しい企業同士での共用化や共同開発も、大幅なコスト削減のための有力な選択肢。部分的デジタル化でなく、オペレーションのまとまった改善を安価に行う方法を真剣に探せば、元が取れる解が必ずあるように思います。経営トップが関心を持ち、優秀な人材を専任担当者に据えてIT化を進めるだけで、抜本的な収益改善の実現に一歩近づくはずです」と述べる。


 流通業におけるIT化というと、POSシステムによる販売情報の把握に重点を置きがちだが、オペレーションのIT化・垂直最適化によるメリットも計り知れないほど大きい。こうした状況を受けて妹尾氏は最後に「IT化によって、人の暖かみがなくなることを懸念する経営トップの声も聞こえてきますが、消費者にとって価値のあるきめ細かなサービスの原点は、来客とのコミュニケーションにあるはず。今後、団塊の世代の退職のあとには、人間にしかできない接客以外の作業を人間によって維持することは、格段に容易でなくなります。むしろ、オペレーションのIT化により、サービス全体のクオリティーがアップすることや、人にしかできない作業への収益配分を高めることを真剣に考える時代になる。その意味においても、流通BMSは将来の事業の選択肢を増やす重要基盤となるものなので、自社の事業戦略のメリット・チャンスにつながることを意識して、導入を考えていただきたいと思います」と語った。

 

 

 

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