日経MJフォーラム 「顧客接点の再考」~ワンランク上の顧客体験を実現~ 満足度高める接点設計

 OMO(オンラインとオフラインの融合)に取り組む企業が増えている。その成功の鍵を握るのが顧客接点の設計だ。あらゆる接点でのコミュニケーションが顧客体験価値を左右する。先ごろ開催したMJフォーラム「顧客接点の再考」(主催=日本経済新聞社)では、先進的な取り組みで高い顧客満足度を実現している企業が登壇。ワンランク上の顧客体験を創出する接点設計のポイントを紹介した。


足を運ぶ理由つくる



<オープニングセッション>
クリスピー・クリーム・
ドーナツ・ジャパン
代表取締役社長
若月 貴子氏


 当社は2016年に大量閉店して以降、顧客満足度、従業員満足度、既存店売上高前年比を重要業績評価指標(KPI)に設定し、既存店の立て直しを進めてきた。現在(11月末)は全国に59店舗を展開し、コロナ禍でもプラス成長を続けている。

 

 これまでは、お客様が商品・サービスの提供を受けるために店舗に足を運ぶのが当たり前だった。しかし、デリバリーなどの普及により、来店するに値する店舗体験とは何かが問われるようになった。 店舗で「ドーナツ体験」する理由を創造するための施策の一つがアプリの会員サービスだ。購買金額や来店回数に応じた会員ランク制度を導入し、ランクに応じてクーポンを配信するなどしている。
 
 店頭における接客サービスの向上にも力を入れている。動画ツールを用いたトレーニングから顧客満足度調査の結果を利用した振り返りまで、PDCAを素早く回している。満足度を高めるキードライバーは店舗により異なるので、全社一律での取り組みと店舗ごとの施策に分けて進めている。

 店舗体験とブランドをつくるのは「人」だ。事業改革スタート前の12年から組織改革と人材育成を進めてきた。経営と現場のコミュニケーションを改善したほか人事制度を変更。透明性と公平性を重視して店舗スーパーバイザーは社内公募制とし、外部アセスメントを入れた。

 

 企業の再生や変革において、ビジョンは障壁を突破する際のよりどころになるが、ビジョンを叫ぶだけでは社内に浸透しない。そこで、ワンウエーにならない社員集会を開催してきた。ワークショップを通じてビジョンを自分ごと化できるように工夫している。

 

 改革で気を付けたことが3つある。1つ目は、目標は明確かつ絶対で、細部は臨機応変に、とにかくやり切ることだ。うまくいかないときはその理由を粘り強く考える。2つ目は、狙って起こす摩擦だ。意見の衝突を恐れない。より良くなるための議論は前向きな摩擦といえる。

 

 3つ目は、社長は現場に〝寄り添わない〞こと。現場のことはしっかり見て、声も聞くが、振り回されて本質を逃さないようにしなければならない。コミュニケーションの際は相手に考えさせる良質な質問を心がけている。これができると現場の改革は速く進む。

 

 

ブランド価値高める



<スペシャルセッション>
八天堂
専務取締役
宮川 正氏

 
 八天堂は「くりーむパン」を中心とした食品の企画・製造・販売に取り組んでいる。私が管轄する「八天堂ビレッジ」は、広島空港周辺の臨空産業団地に居を構える体験型食のテーマパークだ。「くりーむパン」を製造する「広島みはら臨空工場」のほか、「八天堂カフェリエ」「空の駅オーチャード」「天空カフェ&ファクトリー」の4施設で構成されている。

 

 当社では八天堂ビレッジを八天堂ブランドの発信基地と位置付けている。「信用・期待・貢献」で構成されるブランドの価値は、買い手よしの顧客体験価値、売り手よしの社員体験価値、世間よしの社会体験価値、「三方よし」の重なるところに確立されると考えている。

 

 八天堂ビレッジにおける代表的な顧客体験価値として2つのコンテンツがある。1つ目は工場見学だ。「くりーむパン」の製造工程を一つひとつ体験しながら、見て、触れて、食べるという五感を刺激するコミュニケーションを意識している。

 

 2つ目はパンづくり体験だ。世界で1つだけのオリジナルパンをつくってもらう。パンづくりはとても新鮮な体験で、老若男女を問わずに楽しむことができ、色々な思い出づくりに寄与できる。

 

 そのほかにも様々なサービスや企画を展開し、お客様との接点を増やしている。お客様と喜びや楽しみを共有することは、社員の働きがい、やりがいにもつながる。この社員の体験価値こそ、顧客体験価値の創出において最も大切なものだ。

 

 社員体験価値を高めていくには、研修などで専門的な知識を身に付けてもらい、実際にお客様に喜んでいただくことで自身の成長を実感できるようにすることが有効だ。頑張った分だけ報われる人事考課制度の整備も求められる。お客様からの手紙やアンケートの内容を共有し、チームやお客様への貢献実感を高め、自己肯定感を得られるような工夫もしている。

 

 社会体験価値を創造する取り組みでは、施設内で地産地消をテーマに手ぶらでバーベキューができる企画を実施。地元三原や世羅の肉や野菜を調達し、米の代わりにパンを提供。空の駅オーチャードでは近場の農園と連携して果実を調達・販売・メニュー化している。

 今後も「地域社会になくてはならない、出会えてよかった」と言っていただけるような会社、事業を目指したい。

 


アプリでつながり強化


<ピッチ>
ヤプリ
エグゼクティブスペシャリスト
伴 大二郎氏

 

 デジタルの進化に伴い生活者を取り巻くチャンネルが増加し、情報が氾濫するようになった。企業にとっては、本当に届けたい人に届けたい情報を届けにくくなっている恐れがある。

 

 そうした中でアプリは、顧客が選んだエンゲージメントプレースといえる。店舗やブランドに対して何らかの興味や期待があってダウンロードしていると考えられるからだ。

 

 アプリはウェブサイトに比べて利用者の滞在時間が長く、電子商取引(EC)ではCVR(成約率)や購入額も大きい。アプリユーザーはロイヤルティーが高い傾向にある。
 
 こうしたアプリを使って、いかに顧客とのつながりを強化するか。それを支援するのが当社のノーコードアプリプラットフォーム「Yappli(ヤプリ)」だ。短期間で導入、アプリストアへの公開ができ、ブログを更新する感覚で運用できる。データ分析も可能だ。2022年は400件を超えるアップデートを実施しており、常に新しい機能を利用できる。

 

 これに加えて当社は、アプリを中心とした顧客情報管理(CRM)施策を実現する「YappliCRM」を提供している。アプリと連携した顧客データサーバーとして機能し、店舗へのチェックインなど顧客の動きに合わせて最適な施策を迅速に打てるようにする。

 

 新たに追加したスコアリング機能は、購入に至るまでの行動データをスコアで把握し、リアルタイムに可視化することで適切なアプローチを可能にする。アプリ上での行動をトリガーとして、一人ひとりに合ったコンテンツを配信することも可能だ。

 

 

記憶に刻む感動体験


<クロージングセッション>
トリドールホールディングス
執行役員 CMO
兼 丸亀製麺
取締役 マーケティング本部長
南雲 克明氏


 顧客接点と顧客体験価値を考える際に重要なことは、自社の根源価値を明確にして組織全体で共通認識を持つことだ。次にお客様にどう感じてほしいのかに基づいて接点と体験を設計する。そして顧客体験をストーリー化して全体の流れを検討することが大切だ。

 

 丸亀製麺では売れる必然をつくり、持続的に選ばれる確率を高める戦略を取っている。ポイントは①ほかにはない顧客価値(根源価値)をつくる②お客様の頭の中に選ばれるパーセプション(認識)をつくる③認知から来店まで、またMO(モバイルオーダー)やアプリなどお客様のパーチェスフロー(購入に至る流れ)の全体設計を最適化すること││だ。

 

 丸亀製麺の根源価値は「感動体験」だ。一軒一軒が讃岐の製麺所を思わせるつくりで、すべての店舗で職人が粉からつくる店内製麺。手づくりで、できたての一番おいしい瞬間に提供する。クリエーティブの工夫で食べたいという衝動を喚起したり、理性に選ぶべき理由を訴求してパーセプションをつくったりしている。店舗の入り口付近に熟成室を設ける、麺をゆでる様子を見えるようにするといった工夫もその一つだ。五感の刺激が感情を動かし、記憶(本能)にその感動体験が刻まれる。

 

 来店前、来店時、来店後の体験をストーリー化し、「お客様にどう感じてほしいか」に基づいて接点を設計しているのも特徴だ。それに応じてハード、ソフト、人を整え、店舗を感動体験の舞台にする。キーワードは「おせっかい」だ。お客様の考えや気持ちを先回りして読み取り、心遣いをしていく。これは店舗のスタッフだけでなくアプリの運用や各部門の活動でも意識していることだ。

 

 お客様は常に進化し、多様化していく。最高の顧客体験価値を提供するには、インサイト(潜在ニーズ)や意思決定のキードライバーを理解することが欠かせない。

 

 丸亀製麺は手づくり、できたてのおいしさといった「機能的価値」、ワクワクできる、幸せな気持ちになれるといった「情緒的価値」、自分に合った心地よい「おせっかい」を焼いてくれる、ブランドの姿勢や思いに共感できたり、一緒に参加できたりといった「つながっている価値」の提供を通じて、お客様にとってなくてはならないブランドに進化していく。

 

 

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