日経MJフォーラム「“顧客接点”の深淵をのぞく~ワンランク上の顧客体験を実現~」 より深く、長くつながる

 オンライン、オフラインを問わず、企業が提供する商品、サービス、空間のすべてが重要な顧客接点といえる。そこでのコミュニケーションの在り方が、顧客体験価値に大きな影響を与える。先ごろ開催したMJフォーラムには、質の高い顧客体験の創造に取り組む先進企業のトップマネジメントが登壇。顧客と良好な関係を築き、より深く、長くつながるためのポ
イントについて知見を共有した。

 

 

「正解」を共に模索

オープニングセッション
オルビス 代表取締役社長 小林 琢磨氏

 当社は今年、創業35周年を迎える。バブル期はオイルリッチな商品が多く、対面販売や訪問販売が盛ん。そうした中で当社は「人間の肌に備わる本来の力を引き出す」という考え方で、オイルをカットしたシンプルな商品を通信販売で展開。1999年にはいち早く電子商取引(EC)に参入した。 

 事業は拡大したが、総合カタログ通販に似たモデルとなり業績は低迷した。そこで、肌が持つ本来の力を引き出すという哲学を「スマートエイジング」と表現して提供価値を明確化。お客様一人ひとりが自分らしく、なりたい自分になることをサポートする伴走者になることとした。スキンケアを中心としたビューティーブランドとしての存在感を高めることができた。
 
 現在はさらに前進し、「パーソナライズ」をキーワードに顧客価値創出のためのブランド体験の進化に注力している。
 
 例えば、当社スマートフォンアプリのダウンロード数は400万件を超える。スマホのカメラで顔を撮影するだけで、人工知能(AI)が自分に似合うカラーを分析してパーソナルカラー診断ができる「パーソナルAIメイクアドバイザー」などが人気だ。AIが未来の自分の顔立ちを予測し、今必要なお手入れ方法を提案する「AI未来肌シミュレーション」をORBISアプリ内と一部の直営店でサービス提供。肌測定のIoT(モノのインターネット)デバイスと専用アプリ、パーソナライズスキンケアサービスから構成される定期販売モデルの「cocktailgraphy(カクテルグラフィー)」では、お客様の肌状態の解析結果をもとに、3本のスキンケアを毎月届ける。
 
 2020年夏にオープンした体験特化型施設「SKINCARELOUNGEBYORBIS」は、リアルとデジタルを掛け合わせて五感でここちよさを感じられるように設計した。ブランドの世界観に触れながら、自身に合ったスキンケアに出合える体験の場だ。
 
 すべてのものがデジタルでつながるOMO時代には、多くの顧客接点をつくり、エンゲージメントを深めていくことがLTV(顧客生涯価値)の最大化につながる。購入単価より購入回数の方がLTVとの相関は高く、パーソナライズコンテンツの利用などお客様からのアクション回数がLTVの先行指標になる。
 
 顧客価値を高めるブランド体験の進化のためには、物流センターや会社組織の改革も必要だ。当社は通販向け出荷ラインに小型AGV(自動搬送ロボット)を330台導入し、物流システムの自動化、省人化も促進。OMOやデジタルトランスフォーメーション(DX)は、それ自体が目的ではない。顧客体験価値の創出という意義を明確にし、自走できる体制づくりが大切だ。

 

 

店舗とECの境なくす

スペシャルトークセッション 1
ジュン 取締役執行役員  中嶋 賢治氏
ヤプリ CCO(チーフ・コミュニケーション・オフィサー)  金子 洋平氏

金子
 OMO(オンラインとオフラインの融合)の取り組みについて聞きたい。

中嶋
 当社のEC売り上げはこの10年間で約4倍になり、EC化率は約36%にまで高まった。店舗とECを行き来しながら購入するお客様が多い。


  OMO時代には、どこでも、いつでも、ストレスなく買える環境をつくり、店舗とECの体験価値の境をなくすことが重要だ。ECにもベテラン社員を中心とした販売スタッフを配置し、店舗と同じような接客を可能にしている。
 
 例えばコーディネートの相談があれば、画像をうまく使いながら提案。ECに在庫がない場合でも、店舗からお客様に届けるサービスを提供している。こうした接客を実現するには、店舗とECで商品情報や在庫情報をリアルタイムに近い形で同期することが求められる。
 
 ECサイトには店舗を紹介するページも作成。販売スタッフが自身のスタイリング提案を写真で公開するなど、様々な情報発信を可能にしている。

 

金子 
 全国約350店舗の販売スタッフが情報発信の主体となっているのは大きな強みだ。

 

中嶋
 それだけ多くの顧客接点があるともいえる。販売スタッフは満足感のある買い物体験を提供する接客、情報発信による集客、OMOの中でお客様が求める商品を的確に届ける物流という3つの機能を担うようになった。来店前の情報訴求、来店時の接客、来店後のフォローなど、顧客時間で見ても販売スタッフの役割は拡大している。

 

金子
 OMO事業の発展に必要なことは。

 

中嶋
 店舗の販売スタッフの力を最大化し、いかにEC側でも生かすかがポイントだ。例えば自分の店舗に在庫がなくても、予約注文を勧めて決済してもらえれば、他店舗やEC倉庫から商品を届けられる。無駄な発注の抑制や売れ筋の拡張が可能だ。こうした仕組みを販売スタッフが使いこなせるようにトレーニングしなければならない。
 
 ECの基幹システムも刷新した。どこで買うか、どこで受け取るかはお客様の都合に合わせながら、在庫を一元管理して最適なコスト、ルート、梱包率で出荷できるようになった。
 
 お客様とのコミュニケーションでは、スマホアプリが重要なツールになる。お客様が何に関心があるのかを理解しながら、一人ひとりに合わせた情報を発信していく。

 

金子
 DXを進める上で重要なことは何か。

 

中嶋
 経営トップが「やってみなければ分からない」というスタンスに立ち、挑戦を促せるかが鍵だ。過去の成功体験がなかなか通用しない時代なので、スモールスタートでアジャイル(機敏)に取り組みを展開していくことが求められる。

 

 

「思いやり経営」貫く 

スペシャルトークセッション2
ドムドムフードサービス 代表取締役社長  藤﨑 忍氏
日本経済新聞社 編集委員  田中 陽

田中
  「ドムドムハンバーガー」は日本初のハンバーガーチェーンだ。最盛期には全国に約400店舗を展開し、現在は27店舗が営業している。藤﨑さんは2018年に社長に就任した。当時の課題は。

 

藤﨑
 事業の再生を目指す雰囲気はあったが、その方向性が明確でなかった。お客様が望むドムドムハンバーガーの姿を理解していなかったといえる。

 

田中
 どのように全社のベクトルを合わせたのか。

 

藤﨑
 私は入社9カ月で社長になったので、まず私という人間を知ってもらう必要があった。そこで店舗を回り徹底的に現場の声を聞き、SNS(交流サイト)なども活用しながらコミュニ
ケーションに努めた。
 
 それと同時に独自性を模索した。様々なイベントでのコラボレーション商品の販売などを通じて、既存顧客だけでなく、従来と異なる客層からの反応も見て成長の指針を探った。

 

田中
 その結果、どのようなコンセプトを見いだしたか。

 

藤﨑
 ドムドムハンバーガーが現在あるのは、お客様とスタッフが愛し、守ってきたからだ。そうした思いに応えるには「おいしい」というお客様との最低限の約束を守り、付加価値の高い独自の商品開発に取り組むことだと考えた。このコアコンセプトに基づくのが「思いやり経営」だ。

 

田中
  「思いやり経営」とは。

 

藤﨑
 お客様やスタッフにどうすれば喜んでもらえるかを企業の第一目標とする経営だ。そのためには、お客様やスタッフの声をキャッチする「傾聴力」が鍵となる。社内には自由な発想を聞く風土があり、それが業界の常識にとらわれない個性的な商品開発につながっている。コロナ禍当初のマスク不足の際には、お客様の声を受けて、約10日間でECサイトを立ち上げ、累計16万枚以上のマスクを販売した。

 

田中
 業界内でどのようなポジションを目指すか。

 

藤﨑
 商品の独自性やクオリティーの追求、他社やイベントとコラボレーションしての出店やグッズ販売などを通じて、マスよりコアを意識した、お客様にとってオンリーワンのブランドになることを目指す。

 

田中
 今後の展望は。

 

藤﨑
 社長に就任してからの4年間、事業再生のために抜本的な改革に取り組んだ。その結果、異業種やメーカーからの引き合いも多くいただくようになった。これからも様々な顧客接点を模索し、お客様の声を聞き逃すことなく、おいしい商品を届けていきたい。

 

田中
 おもてなしの業界であるフードサービスの経営者が「おいしい」という言葉を繰り返し使い、笑顔で話をすることはとても重要なことだ。それは「思いやり経営」や「傾聴力」の原点といえるだろう。