「顧客接点の再考」~ワンランク上の顧客体験を実現 ~ あらゆる接点生かす

 デジタルルトランスフォーメーション( DX)を推進する中で、OMO(オンラインとオフラインの融合)に取り組む企業が増えている。その成功の鍵を握るのが、顧客接点の設計だ。あらゆる接点でのコミュニケーションの在り方が顧客体験を左右する。先ごろ開催したMJフォーラムには、こうした領域で先進的な取り組みを進める企業の担当者が登壇。より良い顧客接点づくりとワンランク上の顧客体験を実現する方策について知見を共有した。

 

 

買い物体験、シームレスに


<オープニングセッション>
三越伊勢丹
営業本部 オンラインストアグループ
グループ長
北川 竜也氏



 三越伊勢丹は、DXはCX(コーポレートトランスフォーメーション=企業変革)そのものだと定義した。これまで培ってきた価値を基盤に、ビジネスモデルや仕事のやり方を変えて、お客様が必要とする商品・サービスを提供する。
 
 こうした視点からオンラインとオフラインの垣根なく、お客様がニーズに合わせてシームレスに買い物ができるようにチャネルを整備。外商機能を強化して、お客様一人ひとりにパーソナライズしたサービスの提供を目指している。

 例えば百貨店事業では、三越と伊勢丹の電子商取引(EC)サイトを統合し、百貨店ならではの商品カテゴリーを強化。店舗とECの連動企画で、店舗とオンラインのそれぞれの良さを生かした販売を行えるようにした。三越伊勢丹アプリもリニューアル。ポイントやクーポンの提供、先行販売予約、パーソナライズしたコンテンツの配信を進めている。


 リモートショッピングアプリ(MIRS)も開発した。リモートで接客を受けながら、店頭の商品をオンラインで購入できる。
 
 サービス機能も強化している。店頭で足や体のサイズを3次元(3D)で計測。オンラインでも自分のサイズにぴったりの靴や洋服を選べるようにした。

 

 新規事業開発では、2018年6月に定期宅配サービス「ISETANDOOR」を始めた。高品質な食材を毎週提案し、顧客接点の拡大につなげている。19年2月にはデジタルコスメ事業「meeco(ミーコ)」を開始。エントリーゾーンから百貨店ブランドまで幅広く品ぞろえし、化粧品に最適な顧客体験を設計している。
 
 同年9月にはデジタルギフト事業「MOO‥DMARK(ムードマーク)」を立ち上げた。SNS(交流サイト)やメールなどでプレゼントを送れるソーシャルギフト機能の利用率は50%を上回っている。
 
 ふるさと納税向けにバイヤーによる返礼品調達、店舗での制度利用の支援なども実施。スタイリストがコーディネートした洋服が定期的に届く「DROBE(ドローブ)」は成長を続け、現在は別会社としてサービスを拡大している。不用品を買い取るリユース事業や、仮想空間メタバースでの新規ビジネスも推進中だ。

 

 こうしたDXを支えるため、営業やシステム開発など関係者でスクラム体制を組み、超高速でPDCAを回している。顧客体験と従業員体験を満足させる業務フローを設計。一定の基準に基づいて短期間で継続、中止を判断し、失敗を新しいサービス創出に生かすサイクルを構築している。

 


アプリで強くつながる

<スペシャルトークセッション1>


OMデジタルソリューションズ
マーケティング東アジア
CXマーケティング戦略
Director
永井 広氏

 


ヤプリ
エグゼクティブスペシャリスト
伴 大二郎氏




永井
 2021年にオリンパスの映像事業を分社化して誕生した当社は、「OMSYSTEM」というカメラブランドを新たに立ち上げた。半世紀前に出した一眼レフカメラの開発フィロソフィーを引き継ぎ、現代に合わせてリブランディングしたものだ。どこでも持ち歩けるように小型軽量にこだわり、防じん・防滴で雨の日でも撮影できるなど、特にアウトドアでの撮影をサポートしていく。
 

 当社のノーコードアプリプラットフォーム「Yappli(ヤプリ)」で開発した御社のアプリには「製品登録」という項目がある。どの店舗で購入した場合でも、製品を登録すれば会員になれる。メーカーがお客様と直接つながることが可能だ。なぜこうした仕組みをつくったのか。

 

永井
 これまでお客様との接点はメールマガジンが中心で、何十万人というお客様に一斉送信していた。多様なお客様に同一の情報を送るだけで、コミュニケーションとはいえなかった。そこでアプリを使い、登録された製品別に届ける情報を変えることで、できるだけワン・トゥ・ワンのコミュニケーションを実現したいと考えている。好きな被写体などの情報も登録いただく。

 


 カメラは頻繁に買い替えるものではない。フィルムのような消耗品も少ない。つながりをどのように利益に結び付けるのか。

 

永井
 例えば、野鳥の撮影が好きなお客様に、野鳥に関するコンテンツを継続的に配信して写真を撮り続けてもらう。何を撮ればいいか分からないというお客様には、様々な撮影ジャンルを紹介して楽しみ方を伝えていく。当社製品を長く使い続けてもらう環境をつくることが、結果的にLTV(顧客生涯価値)の向上につながると考えている。

 


 つながりを継続するための工夫は。

 

永井
 定期的にフォトコンテストを開催し、作品を公表する機会を提供する。アプリでは様々な撮影テクニックを紹介しており、当社製品を購入したお客様にはオンラインの写真教室なども案内している。撮影技術を学ぶ機会と腕試しの機会を用意することで、継続的なつながりを実現していきたい。

 


 アプリという、よりお客様に近いところに接点を持つことで、継続的なコミュニケーションが容易になった。メーカーがお客様と直接つながり、LTVを高めるコツは。

 

永井
 お客様の興味関心に合わせてワン・トゥ・ワンのコミュニケーションを図るという方向性は間違いないと思う。製品購入後の長期使用、サポートなどの接点で今後もアプリの活用を重視したい。ヤプリの管理ツールを使えば、セグメントごとのプッシュ通知なども容易にできる。メルマガではできなかったことが可能になっている。

 


 メーカーがお客様と直接つながってコミュニケーションを図る重要性は増している。そのためにアプリは有効であり、お客様との距離を縮められることがよく分かった。

 


心動かす仕掛けつくる

<スペシャルトークセッション2>



LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン・ジャパンデジタル
ディレクター
遠藤 友己氏



 



IBAカンパニー
代表取締役
射場 瞬氏

 

ヤプリ
伴 大二郎氏

 



 コロナ禍で顧客体験はどう変わったか。

 

遠藤
 来店予約は広がりつつある。来店日時のみ予約するタイプと、店舗の特定の商品まで予約できるものがある。

 


 商品の購入と受け取りを別の場所で行うサービスも増えている。

 

射場
 米国の小売業では、好きなところで受け取れる、予約できる、キャッシュレスで支払えるといった利便性の向上が一気に進んだ。現在はそこに「楽しさ」や「ワオ」といった心を動かす仕掛けをどう組み合わせるかが課題となっている。

 


 あるメゾンでは海外店舗で購入した記録が国内店舗でも共有され、接客に生かされていることに驚いた経験がある。お客様の情報を接客に生かすクライアンテリングの状況は。

 

遠藤
 LVMHの場合、各店舗のスタッフが持つ携帯端末にお客様の情報が入っている。いつ、どこで、何を買ったかといった情報を使って、好みに合う商品の提案や、どの店舗でも統一した買い物体験の提供を可能にしている。最近はSNSやメールでのコーディネート提案などもできるようになった。

 


 こうした仕掛けを店舗のスタッフが使いこなしているのも印象的だ。

 

遠藤
 本社の方針が末端にまで行き届くようにしている。本社からも担当者が現場に出向き、丁寧に説明して回ることもある。

 

射場
 クライアンテリングは、どうなったら成功なのか。

 

遠藤
 売り上げの何%以上を占めるようにといった目標の立て方が多い。

 

射場
 クライアンテリングは、エンターテインメントやファッションなどのカテゴリーと相性がいい。今後はそれ以外のカテゴリーでも成功例が出てくると期待している。

 


 ルイヴィトンの歴史を巡る「SEELV」展を見た。展示から物販までがシームレスで、とても豊かな体験ができた。優れたリテールテインメントだと感じた。

 

遠藤
 メゾンの歴史を振り返るだけでなく、実際に商品を購入できる環境をつくったことがこれまでの展示会と異なる点だ。会場設計もSNSを意識しており、宣伝方法や人を巻き込む方法も変わった。ただ人を集めるのではなく、このメゾンが何であるかということを、しっかり伝える仕掛けをしている。

 

射場
 リテールテインメントの成功例に共通しているのは、モノを売ることではなく、メゾンへの愛を深めることに主眼を置いている点だ。人の気持ちが動けばモノは売れることを示していると思う。

 

遠藤
 「SEELV」の物販における接客はプロフェッショナルだった。お客様の高まった気持ちをさらに高める接客が心掛けられていたと思う。購買体験に来場者自身のストーリーを加えられる点が、リテールテインメントの魅力だと思う。

 

射場
 接客での感動は最も本質的で大切なことだ。だから欧米のメゾンはクライアンテリングに本腰を入れている。「ワオ」と思う顧客体験をどう生み出すか、それがマーケターの重要な仕事なのだと思う。

 

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