3年後の2020年は変革の年。東京オリンピックはもちろんだが、流通業界においてもNTT東日本/西日本(以降、NTT東西)のINSネットのディジタル通信モードが、20年度を目処に停止するとアナウンスされており、残された期間はわずかしかない。前年の19年には消費税の増税も控え、対応は待ったなしの状態だ。
17年2月に開催された流通BMS協議会(流通システム開発センター)主催 流通BMSセミナー2016「2020年 流通大改革」-加速する流通BMS対応の波- では、INSネット終了と消費税増税の話題を中心に、日用品・化粧品メーカーの花王グループと、中堅スーパーのカスミの事例が発表された。約3時間にわたったセミナーには多くの人が駆けつけ、各者の講演に熱心に耳を傾けていた。そこで注目を集めたセミナーの様子をレポートする(以下は、17年2月14日の東京開催の講演を元に作成)。
20年度後半の終了が迫りつつある「INSネット(ISDN)データ通信」
プログラムの最初は、NTT東日本 ビジネス開発本部 第一部門ネットワークサービス担当課長の山内健雅氏が、間近に迫ったINSネットの終了について説明した。
INSネット終了の発端は、固定電話のニーズの減少を受けて、既存の電話網からインターネットを利用したIP網に切り替えるというものだ。それに伴い電話網を利用したINSネット(INSネット64、INSネット64・ライト、INSネット1500)のうち「ディジタル通信モード」が提供を終了する。
終了時期は当初「20年度後半から」とされてきたが、対応が遅れ気味であることを考慮して、時期の後ろ倒しも検討されているという。同氏は「現在は検討中の段階で、確定時期については17年の秋までの発表を予定している」と語った。ただし、交換機の寿命もあり、25年にはIP網に完全移行することが決まっているため、「残された時間に余裕はない」(同氏)と危機感をにじませた。
現在、INSネットの「ディジタル通信モード」で提供されているものには、EDI、POSレジ、CAT端末(クレジットカード系)、警備端末、G4FAXがあり、これらで業務をおこなっていると影響を受ける可能性が高い。「ただし、これらのサービスがすべてディジタル通信モードを利用しているとは限らない。まずはINSネットを理解することから初めて欲しい」と同氏は呼びかけた。
INSネットの「ディジタル通信モード」を利用しているかどうかは、電話線のモジュラージャックと、データ通信端末の間に「DSU」や「TA」が接続されているかどうかで確認ができる。また、NTTの請求書に「INS通信料」の記載があれば、「ディジタル通信モード」を利用している可能性が高いという。
最後に同氏は「まだ余裕があるように感じるかもしれないが、25年にサービス終了を迎えることに変わりはないので、早めの移行を検討して欲しい」と訴えた。
標準化の流れは金融業界にも拡大中
続いて、流通システム開発センター 流通BMS協議会事務局の梶田 瞳氏が流通BMSの最新動向を解説した。
流通業界でも、NTT東西のINSネットの終了には危機感を抱いており、同氏は「16年11月に流通9団体が合同で流通BMSの導入宣言のニュースリリースを発表し、本気の姿勢を示した」と説明。さらに、流通BMSの標準化の維持に向けて、新たに標準外利用の抑止を目的としたマッピングシートのチェック体制を確立し、すでに数社の小売事業者が審査を受けていることを明らかにした。
一方、流通業界以外にもEDIの高度化の流れは加速しており、金融業界との連携に踏み出している。具体的には20年までに全銀レコードフォーマットが流通BMSと同じXML形式のメッセージに完全移行することを金融庁および全国銀行協会が発表し、それに先駆けて18年から新システムが稼働する予定となっている。同氏は「金融機関とのシームレスな連携によって経理における消込などの入金管理業務が効率化されることが期待される」と語った。
流通BMSの導入企業数は、社名公開数で小売業が190社、卸売業とメーカーが226社(17年2月現在)となり、卸・メーカーについては推計値で1万社を突破したことを明らかにした。最後に同氏は「流通BMS協議会はEDIを実際に利用する小売や卸・メーカーの49団体が主体となって推している集まり。業界の発展に向けて皆様の協力を引き続きお願いしたい」と呼びかけた。
花王グループにおける流通BMSの普及推進活動
導入事例では、メーカー・卸売業の立場から、花王グループカスタマーマーケティング カスタマートレードセンター 流通システムコラボG チームリーダーの川口和海氏が花王グループの状況を発表した。
同グループは04年に始まった流通BMSの策定、共同実証から参画してきた企業で、現在も全社を挙げて普及推進を進めている。最近でも年に2、3回開催される主要会合でグループ会社の経営層に向けて説明をしたり、社内勉強会を実施したり、卸研などの業界団体に参加したりと積極的だ。その結果、流通BMSの導入を呼びかけたグループ企業229社のうち、約半数が17年度中の導入を決定。18年度以降の導入や検討中も含めると90%以上が前向きな姿勢を見せているという。
導入実績でも16年度は前年度より66社増えて284社となり、導入ペースは加速している。同氏は「卸研に参加する企業の中でも、花王グループの対応小売業数はトップクラス。取引高の構成比で見ても85%が対応済みまたは計画確認済みとなっている。ただし、対応の小売業数で見ると残りの15%に半数以上の小売業者が含まれているため、これからが正念場」と語る。
これらの課題を受けて17年度は「新規導入の加速」と「流通BMS取引拡大」の2軸で普及活動を続けていく方針を掲げていることを明らかにした。ただし、新規導入を加速させていくためには、決裁権を握る経営トップ層の理解促進と、業界全体を挙げた零細小売業対策の2つが重要だ。流通BMS取引拡大に向けても現行EDI機能に対応する標準運用の追加やデータ処理料金要請対応が必要となる。同氏は「零細企業対策については、すでに確立されている対応スキームを小売業に認知させていくことが課題で、小売業と卸売業の業界団体とIT企業が連携して推進していく。TA伝票マッピング例も卸研で作成済みのものを参考にしてもらう。現行EDI機能に対応する標準運用の追加については、卸研として出荷梱包メッセージの出荷開始型モデル、返信メッセージの返品受領開始型モデルの追加を要望している」と説明した。
同グループは17年度中に新規対応150社、EOS売上80%以上を目指していく方針で、同氏は「流通BMSは流通インフラの第3次イノベーションであり、日本消費財流通の進化と発展には必要不可欠なインフラだ」と語った。
食品スーパー・カスミのトランザクショントレーサビリティへの挑戦
小売業側からは、茨城県を中心とした北関東エリアおよび千葉、埼玉、東京で食品スーパーを展開するカスミの常務取締役 上席執行役員 ロジスティック本部マネジャーの山本慎一郎氏が、同社の取り組みを紹介した。
同社は人口減少に伴う需要減や、ネットショップ、コンビニなどとの競争による需要減に対応するため、従来の統制型組織から従業員、顧客、株主を中心としたソーシャルシフトの実現に動き出している。15年には同業態のマルエツ、マックスバリュ関東と経営統合して日本最大規模の食品スーパー「ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス」を設立し、新たな技術革新に対応する体制を整えた。同氏は「流通BMSへの取り組みもソーシャルシフトを加速させることも目的のひとつ」と説明した。
同社は04年の流通サプライチェーン全体最適化に参画した企業の1社で、当時は流通BMSによって商品マスタのメンテナンスの効率化と、マスタ同期エラーの解消による欠品率の減少に期待をした。流通標準化には台湾への流通BMS導入に着目し、そこで標準化の重要性に気が付いたという。一方、当時から存在していたチェーンストア統一伝票の効果について再確認したところ、メリットがある反面、小売側が商品マスタに適宜登録しない事態が発生し、受注側で小売業別のマスタを登録したり、TA伝票の確定ができずに手書き伝票が発生したりする事態が起こっていた。取引伝票も個別化し、小売側からのイレギュラーな対応も必要だった。そこで同社はこれらの問題点を整理して必要な要件を洗い出していった。
トレーサビリティについては07年に、マスタデータとトランザクションデータを公的情報と内部情報に分類。単品トレーサビリティでは入力に流通BMSを採用し、出力にはGS1 DatabarやPOSを使うことにしたという。同氏は「流通BMSが標準で用意している項目の賞味期限日、製造日、製造番号の3つを採用した」と説明した。
マスタデータの課題は、商品マスタの同期化にあり、現時点ではASN起点のメッセージの場合、契約条件遵守のリスクがあるという。また、消費者に対する表示責任強化のために、マスタとトランザクションのトレーサビリティ情報の拡張も必要だ。そこでトレーサビリティに関しては、トランザクションデータに流通BMS、マスタデータに業界専用データベースの「eBASE」を活用し、製造者、小売業、消費者の3者で情報が共有される仕組みを整えた。これらの取り組みは同社が16年から業務品質向上プロジェクトの一環として進めてきたもので、eBASEの整備については17年春の完了を予定している。流通BMSに対応している取引先は現在、50社程度で、Web-EDIについても流通BMSベースで対応を切り替えていくという。
トレーサビリティの強化と並び、もうひとつ同社が重視しているのがデジタル・ビジネス基盤整備のための流通BMS化だ。ライフサイクルが短くなる中、顧客のショッピングスタイルの変化をキャッチするためにはデジタル・ビジネス企業への変化が急務だ。そこで同社はアプローチとして顧客と従業員へのインサイト(洞察)を深めていこうとしている。とはいえ、それらの情報の精度はまだ高いレベルにあるとはいえないため、商品情報、発注・仕入・販売・在庫情報の一元化や、作業プロセス情報の一元化とリアルタイム化が必要で、今後も在庫情報の精緻化を進めていく。同氏は「小売が生き残るためにはデジタルで店舗を活性化し、IT基盤の上で新たな価値を創造していかなければならない。そこに当社もアプローチしていく」と語って講演を終えた。
軽減税率対策補助金を活用して発注(受注)システムの改修を
最後に19年10月に予定されている消費税の増税に伴う軽減税率対策の補助金について、独立行政法人中小企業基盤整備機構 経営支援部 消費税軽減税率対策費補助金統括室の前田和彦氏と清水敬広氏が説明した。
軽減税率対策補助金とは、消費税率が10%に引き上げられるにあたって実施される複数税率に対応するための補助金のこと。複数税率実施後は標準税率の10%と軽減税率の8%を区分して経理する必要があるため、経理システムやそれと連動する発注(受注)システムの改修が必要となる。補助金制度では、それらの費用の一部を国が補助する。前田氏は「流通BMSと直接的な関係があるわけではないが、補助金を活用して受発注システムを改修するなら、それと合わせて流通BMSに切り替えるチャンスでもある。補助金の対象となる中小の小売業者は、いまだにJCA手順などを採用しているところも多いと聞いている。NTT東西のINSネットの終了も加味するなら、補助金は流通BMSに切り替えるきっかけととなる」と語った。
続いて、清水氏が補助金制度のポイントを解説した。まず制度の対象となるのは、飲食料を扱っている卸売業・小売業等の中小企業が、今使っている受発注システムを改修する場合に限られ、対象経費はITベンダーに改修作業を外注する費用、作業人件費やパッケージソフトの購入費となっている。補助金の上限額は、対象となる経費の3分の2で、発注システムなら1000万円、受注流システムなら150万円、受発注システムの両方なら合わせて1000万円となる。
補助金の申請にはITベンダーの協力が必要だ。申請を代理するベンダーは事前に「指定事業者」の登録手続きをしたうで小売業者と改修内容について打ち合わせをして交付申請書を作成する。ITベンダーは事務局に交付申請し、補助金の決定通知が出てから改修作業に着手。作業完了後にITベンダーを通じて完了報告を受けてから実際の補助金の支払いとなる。清水氏は「改修の完了報告の提出締め切りは、18年1月31日までなので対応は急いで欲しい。補助金に関する情報は事務局のホームページでも公開しているし、コールセンターも設けている。わからないことがあったら気軽に問い合わせて欲しい」と呼びかけた。