大手通販会社EC責任者が語る、D2C時代の商品ID統合の重要性

 成長が続くECの一方で、いまだ9割を占めるリアル店舗による小売ビジネス。両者のハイブリット化が進む中で、新たな潮流となりつつあるヘッドレスコーマスの導入に、商品IDの不統一が大きな障壁となるという。
 2022年10月14日、流通システム開発センターの主催で行われたセミナー『GS1標準によるDX、オムニチャネル環境の業務革新2022』-EC,D2Cの動向とGS1標準の今後-では、大手通販会社DINOS CORPORATIONでCECO(チーフ EC オフィサー)を務める石川 森生氏が基調講演として、自らの実体験を通して見てきた現在のEC、D2C、そしてリアル店舗の最新動向とその潮流、そして課題について講演。続けて流通システム開発センターの研究員がECにおけるGS1標準の現状と、GS1 Digital Linkとその活用を紹介。最後にPL研究学会の副会長が食品におけるPLへの取り組みと、GS1標準を活用したPL対策について動向を紹介した。

 

 

長年のEC運営を通じて見えてきた、ECの限界

 基調講演では、株式会社DINOS CORPORATION CECOを務めながら、数々のEC関連企業の経営も行ってきた石川 森生氏が登壇。「さまざまなEC運営を通じて見えてきた今後の潮流と課題 -商品IDの統合が実務に与える影響について考える-」と題して、講演を行った。
 石川氏は2007年にEC業界に入り、2014年からは自らEC企業を立ち上げて経営。その後2016年、フジサンケイグループの通販会社DINOS CORPORATION(以下、DINOS)に入社し、CECOとして同社のEC事業を推進する傍らで、さらに新たなECビジネスをキャッチアップするため会社の承認のもと、複数のEC企業の経営に携わっているという経歴を持つ。

 

 石川氏がカタログ通販、テレビ通販を主とするDINOSに入社したのは、それまで手掛けてきたEC専業のビジネスに限界を感じたためだと語る。ある一定のところまで事業の拡大に成功したが、ビジネスのスケールに時間がかかる一方で、顧客に届けられる購入体験はどうしても限られてしまうということを、身をもって体験したところから、カタログやテレビといったリアル側の資産とテクノロジーをつなげて、どう事業を拡大するかということに挑戦してきた。その成果は約800億円の同社のビジネスにおいて、ECによる売上が3/4を占めるところまで来ている事が証明している。その一方で、ECだけではこれだけの売上を作るのは難しいことも感じている。実際、売上が伸びるのはカタログ配布直後やテレビ放映の直後であり、ECはあくまで受注のチャネルでしかないと石川氏は分析している。

 

 実際、世界一のECサイトAmazonでさえ、その売上が全米ECに占める割合が44%もありながらも、全米小売に占める割合は4%にすぎないと言う。石川氏の分析によれば、AmazonもECの限界には気づいており、話題になった無人コンビニAmazon Goを展開しているのは、Amazonが把握できていない、9割以上のリアル店舗の顧客のデータを収集する仕組みを作るためであるとし、一つの結論として、「ECで全てを完結することはできず、アナログが持つ顧客価値をテクノロジーの力で再定義し、新しい顧客価値を想像する時代に」なりつつあると結論付けている。

 

 

リアルとECを一つにまとめるヘッドレスコーマス

 石川氏はこの「アナログが持つ顧客価値をテクノロジーの力で再定義する」という実験の一つとして、DINOSで一つの実験を行ったという。それは、DINOSのECサイトでカートに入れながらも、買われずに時間が過ぎてしまった商品を、パーソナライズしたDMとして顧客に送るというものだ。ECサイトでは同様にカートに入れられたまま時間が過ぎた商品を、メールで自動的に送るシステムが備わっているものが多い。このメールは効果が高い反面、メールそのものの開封率が低いという課題があった。

 

 そこで石川氏は、ほぼ100%を誇るDMにこの仕組を応用。これまでメールを送っていたものを、自動でデジタル印刷を行ってDMとして発送、最短24時間後には顧客に届くシステムを構築して、大きな効果を上げたと語る。

 

 このような仕組みに欠かせないのが、基幹システムとの連携だ。DINOSではEC の売上が75%を占めるためあまり問題にはならなかったが、多くの会社では以前からあるリアル店舗などのオペレーションに合わせて基幹システムが構築されているため、ECなどの新しい販路(ヘッド)との連携は非常にハードルが高い。これは、基幹システムが一つのヘッドに密接に連携する、いわゆる密結合で作られているためだと石川氏は指摘する。

 

 リアル、電話、EC、そしてSNSですら販路、つまりヘッドが増える可能性がある中で、柔軟に対応するためには、密結合とは真逆の疎結合のシステムを持たないと、今後ヘッドの増加に対応できないだろうと石川氏は言う。

 

 それを実現しているのが、最近台頭目覚ましいとされる、ヘッドレスコーマスシステムと呼ばれるShopifyだ。ShopifyはEC構築システムだと思われがちだが、POSにも対応しており、このShopify POSを使うと、ECとリアルで顧客情報を始めとしてさまざまな情報が追加コストなく統合されて扱うことが可能となるという。つまり複数のヘッドにも柔軟に対応することができるのだ。

 

 

ヘッドレスコーマスの障壁となる商品IDの不統一

 オンラインとオフラインを統合したコマースビジネスの強力なシステムとなりうるShopifyを始めとするヘッドレスコーマスシステムだが、この導入を阻むと見られるものの一つにJANコードを始めとする商品IDの不統一があると石川氏は指摘する。

 

 実際、石川氏も関わるRoomClip Shoppingでもメーカー各社のJANコードの運用が完全ではなく、同じ商品なのに、全く別物として存在しているケースがたくさんあり、商機を逃したり、倉庫で発送業務など商品の取り扱いに手間がかかっていたり、経験の浅い社員では対応できないなどの課題が顕在化しているという。

 

 この見かけ上の欠品がなくなるだけで、今の売上を1.5倍にすることができ、倉庫オペレーションも3割ぐらい減らすことができると見ており、ここまで来ると、商品ID不統一による損失は経営課題であると石川氏はいい切る。

 

 まとめとして、石川氏はGS1のさらなる活動により、商品ID、JANコードの統一化が進み、業務が効率化できると事業者としてはたいへん助かると力説して、話を終えた。

 

 

世界のECで利用拡大するGS1標準

 2番目のセッションでは、GS1 Japan(流通システム開発センター) ソリューション第2部の主任研究員の市原栄樹氏が登壇し、「世界のネット販売で利用拡大するGS1標準」と題して、ECにおける統一コードの重要性と、その動向について講演した。

 市原氏は、基調講演における石川氏の商品ID統一化の話を受け、共通商品コードの普及の大切さと、日本における商品マスターを提供するインフラ整備について力説した。

 その一方で、日本でのGTINを始めとするGS1標準の普及がまだまだであることを、指摘した。海外ではAmazonがGTINの利用を推奨しており、中国でも利用が進みつつあることを紹介、各企業に対し、GTINによるグローバルに対応した商品識別コードやGLNによる場所情報の利用可能性を検討するとともに、GS1関連のサイトからの情報収集や、EC、D2Cなどの関連業界の動きを調べて、自社の方向性を明確にすることを強く勧めた。

 

 

GS1標準をサプライチェーン可視化の情報システム構築に活かす

 続いて「マスタデータだけじゃない! 情報システム構築に関するGS1標準とその利用可能性」と題し、GS1 Japan ソリューション第2部 RFID・デジタル化推進グループの佐藤友紀氏が解説した。佐藤氏はGS1標準のShare、情報の共有にフォーカスし、サプライチェーンの可視化データを扱うEPCIS、GSI識別コードから情報/サービスの場所を見つけるGS1 Digital Link、そしてこれらを組み合わせて実現する情報システムについて解説した。

 EPCISはサプライチェーン上で発生する作業(イベント)を統一したデータ形式と、そのやり取り方法を定義することで、複数の企業が関わるサプライチェーン上のさまざまなイベントのトレース情報を収集して、トレーサビリティの確保などに活用できることを解説した。

 

 また、GS1 Digital Linkにより、商品のサービス情報を商品から、簡単にWeb上でアクセスできるようにすることで、掲載スペースが限られる商材の添付文書電子化や、商品のトレーサビリティの確保、顧客接点の増強などの事例を紹介した。

 

さらにはこれらのシステムを組み合わせることで、サプライチェーンのトレーサビリティの向上を図ることが、GS1標準をベースとする疎結合のシステム構成により、容易にかつ拡張性を構築することができる可能性を紹介した。

 

 

GS1標準を活用して、確実なリコールの仕組みを作る

 最後のセッションとして「賢い選択と製品の安全 ~知る権利と伝える責任~」と題し、一般社団法人PL研究学会の渡辺吉明氏がGS1QRを活用したPL対応を紹介した。

 直近のPL研究学会の取組として、食品業界団体、消費者保護団体などと共同で、食品安全と表示・リコールなどの研究が開始されたことが紹介された。これは米国のバイオテロ法、食品安全強化法対応体制の確立、食品トレーサビリティ、そして製品リコールの対応をどのように進めていくのかということが研究テーマとされている。

 米国の食品安全強化法第106条では、バイオテロや異物混入リスクの高い包装される前の食品を対象に、食品流通過程のぜい弱な点を特定して意図的な食品不良の防止する目的として、2025年より規制が始まる見込みである。この要点として、製造プロセスにおける悪意の異物混入の防止、流通段階での悪意の異物混入の防止とともに、市場に出たものの製品リコールによる未然防止が挙げられている。

 

 この製品リコールだが、特に食品などではこれまで、行政がメディアや流通、そして直接的にチラシなどで告知しても、情報が必要な人に確実に届かないことから、製品回収しきれないことが多いことが課題となっている。さらに、特に食品ではリコールの対象となる製品とロットの組み合わせが、製品を見ても消費者が容易に判別しにくいことがこの課題をますます難しくしていると渡辺氏は指摘する。

 

 その一方で、製品リコールの情報はOECDが運営するデータベースで既に世界で共有されており、ここではGS1標準のGTINを軸とした製品が特定できる体制が整備されている。したがって、このGTINとロット番号を組み合わせた「GS1QRコード」を製品に付けることで、製品リコール発生時にその製品がリコールの対象となっているかの確認や、必要な対応情報を提供することが可能となる。

 

 それを一般の消費者でも簡単に扱えるようにしたのが、一般社団法人 PL対策推進協会が開発したスマートフォン用アプリ「安全点検アプリ」だ。安全点検アプリは、GS1QRコードを読み取ることで、リコール情報はもちろんのこと、製品の取扱説明書や、アレルゲン情報、レシピ、賞味期間や製品寿命などさまざまな情報を消費者に提供することが可能となる。

 

 製品リコールに関しては、読み取ったGS1QRコードがリコール対象のロットに該当していた場合、回収のための申込みフォームを表示させることで、ユーザーに申し込んでもらえるようになるので、製品回収の確度も高くなるという。

 

 最後に渡辺氏は、これまでの製品リコールで大きな課題となっていた「製品リコール情報の告知」と「回収」を安全点検アプリで実現したので、事業者の責任を果たすために、ぜひ活用して欲しいと力説した。