EC/マーケティングコンサルタントが読み解くOMO時代のマーケティングエッセンス 小売のネットシフトで更に重要性が高まるGS1標準

 コロナ禍によって消費者の購買行動は大きく変化し、一部の業界ではリアル店舗があってもECファーストを考えなければ生き残れない状況になりつつある。その一方で我が国では、効率的なEC運用において重要な商品コードの標準化が依然進まない状況にある。

 22年2月22日に流通システム開発センターの主催で行われたセミナー「GS1標準によるオムニチャネル環境の業務革新2022」では、EC/マーケティングコンサルタントの大西理氏が、コロナ禍が小売業に与えた影響と今後の展望について紹介。続けて流通システム開発センターの研究員が日本におけるGS1標準の現状と、GS1識別コードとウェブの架け橋となるGS1 Digital Linkを紹介。最後にPL研究学会の副会長がネット販売におけるPLへの取り組みと、GS1標準を活用したPL対策について動向を紹介した。

 

コロナ禍で大きく変化した購買行動

 最初のセッションは、EC/マーケティングコンサルタントのゼロゼロウェスト代表 大西理氏が『通販・メーカー・小売の経験から見通すマーケティングエッセンス』と題して講演した。大西氏は日本におけるECの黎明期だった1997年からカタログ総合通販会社のセシールでEC事業の立ち上げからデジタルマーケティング全般を経験したことを皮切りに、デザイン文具メーカー、健康食品通販、雑貨専門小売、アパレルなどのマーケティング、EC、オムニチャネル推進を手掛け、その経験を活かして2021年秋からEC、デジタルマーケティングのコンサルティングを開始、あわせて日本ダイレクトマーケティング学会のメンバーや日本オムニチャネル協会のフェローとしても活躍している。

 丸二年にわたるコロナ禍は半ば強制的に人々の行動を転換させた。2年前のセミナーで大西氏は「自宅の〇〇化」つまり、テレワークによる「オフィス化」、動画を見ながらエクササイズを行う「ジム化」、宅配サービスを使った「レストラン化」などが進みつつあると唱えた。当時はそれが一時的なものだと考えられていたが、いまやそれが常態化していることを誰もが実感している。

 

 このような変化は、消費行動にも大きく影響を与えている。意識調査を行うと「店舗よりECを使うようになり、まとめ買いが増えた」「余計なモノを買うことが増えた」「無駄なものはできるだけ買わないという意識の変化があった」と答える人が多く、また外出が減ったことから交通費、ファッション、理美容などへの出費が減り、家が消費の舞台となる酒類や家具などへの出費が増えているというお金の使いみちの変化にも現れているという。

 

コロナ禍でも売上を伸ばすOMO取組企業

 コロナ禍の影響は小売業にも変化をもたらしている。非接触販売やキャッシュレスが急激に普及し、ECファーストへのシフトも急激に進んだ。業務のデジタル化、いわゆるDXも加速しつつある。また、接客にも大きな変化があった。例えばSNSを使ったライブ配信だ。「今や、インスタライブで2000人から3000人を集めて商品の紹介をするアパレル店員も少なくない。リアル店舗では考えられないほどの集客ができるようになっている」と大西氏はいう。

 

 このような状況を背景に売上を伸ばしているのが、OMO、つまりリアルとオンラインのハイブリッド化に成功した企業だと大西氏は指摘する。ユニクロ、スターバックス、マクドナルドなどは、スマホでオーダーして店舗で受取るスタイルを確立し、カインズやニトリはアプリ起点で店内の売り場へ誘導するという経験をもたらしている。いずれも、「スマホを起点にリアル店舗への誘導」に成功している事例だ。スマホによって消費者の行動データを簡単に取得できる上に、商品を手に入れるところまでストレスなく到達できる環境を整えている点がこの成功につながっていると大西氏はいう。

 

「ファンベース」の拡大がOMO時代のマーケティング戦略の要に

 ここで大西氏は自らも籍を置いたことがあるアパレル業界の不振とその打開策について触れた。アパレル業界はこの20年で市場規模が6割ほどになっており、コロナ禍によって更に市場縮小が見込まれている。その一方でネット販売は加速しており、2019年でEC化は14%近くまで伸びてきているという業界だ。

 

 コロナ禍で来店者数が減っているファッション業界こそ、OMOに力を入れるべきではないかと大西氏は力説する。従来型ブランドの店舗中心の顧客視点では、アノニマス、つまり不特定多数を対象にした数重視の施策が一般的だったが、いわゆるD2C時代のブランドは数より関係性、つまりファンを大切にする「ファンベース」の施策が重要である大西氏は説く。ここで大西氏は実際のあるブランドの例を挙げる。OMO展開しているあるブランドでは、ゲストの顧客より会員、会員の中でも購買意欲が高い顧客はネットも店舗も両方利用する顧客だと実績に現れているという。これは他のブランドや企業でも同じ傾向にあるという。

 

 では、ファンベースを拡大していくにはどうすればいいのか。大西氏は、「年1回以上購入する、アクティブ会員を増やす」とともに「顧客との接触機会増による認知度の向上、顧客の体験価値の向上」をKPI化して進めていくべきだと語る。

 

「消費者が求める理想の買い物体験」を提供する

 まとめとして、大西氏はOMOを前提としたこれからの小売マーケティングに必要な視点について語った。実店舗でのデジタルデバイス活用や、店舗とデジタル間のシームレスな連携などが挙げられるが、一番重要なのは「消費者が求める理想の買い物体験」を提供することだという。

 

 では、「消費者が求める理想の買い物体験」とは何なのか。それについて大西氏は「ブランドや店舗にはそれぞれ価値がある。したがって、これ、という正解は無い。それぞれが自身の顧客のニーズをキャッチアップして、チャネルごとに最適な施策を考え、プライオリティを決めて進めていくことが重要」だと説く。そのヒントとしてOMOにおいては「製品(Product)」「価格(Price)」「流通(Place)」「販促(Promotion)」の4Pに顧客視点を置き、すべての部署でそれぞれの最適化を考えることが重要だと語った。

 

OMO実現には欠かせないGS1標準

 次のセッションではGS1 Japan(流通システム開発センター) ソリューション第2部の主任研究員の市原栄樹氏が登壇し、「世界のネット販売で利用拡大するGS1標準」と題して、サプライチェーンにおける商品識別コードの重要性とGS1標準の現状について解説した。

 日本ではJANコードとして知られる商品識別コード「GTIN」を始めとするコード標準であるGS1標準を管理するGS1は今や世界110以上の国や地域が加盟し、同じコード体系、システムを使っている。市原氏は「第1部で大森氏がその重要性を語っていたOMOを支えるものとして、サプライチェーンにおいて商品や場所を識別するための標準識別コードはますます重要になっている。GS1標準は商品だけでなく、企業や事業所を識別できるGLN、梱包単位で識別できるSSCC、物流容器や資材を識別できるGRAIが用意されており、グローバルサプライチェーンでも問題なく使える。サプライチェーンの全体効率化ためにGS1標準に合わせることはとても重要なことだ」と力説する。

 

 ASINという社内標準のコード体系を持つAmazonでもGTINによる検索ができるように、グローバルではGS1標準への対応が進んでいる中、市原氏は日本のGS1標準の現状について問題意識を持っている。「JANコードが少々歪んで普及しているのが問題だ。大手アパレルでは商品にJANコードを付けてはいるものの、色やサイズが違っても同じコードを付与しているものがあり、商品識別に使うことができない。また、生鮮食品などではインストアコードや自社コードなど、自社内最適化されたコードを使っている場合がほとんどだが、なかなか標準コードの普及が進んでいないのが現状だ。しかし、トレーサビリティや流通BMS、さらにはECへの対応を考えると、個別のコードよりGS1コードに統一したほうが、効率化が図れることは間違いないので、ぜひ積極的に使ってほしい」と訴えた。

 

ウェブへ広がるGS1標準の活用

 続いて「GS1 Digital Linkの概要と利用可能性について」と題してGS1 Japan ソリューション第2部 RFID・デジタル化推進グループの佐藤友紀氏が解説した。

 今日、ブランドオーナーは商品に関連するさまざまな情報をWeb上に公開している。ある食品を例に取ると、商品紹介ページやレシピページ、アレルギー情報ページ、更には期間限定のキャンペーンページなどがWeb上にあることが考えられる。よくある手法として、これらのページ1つ1つに対応したQRコードを商品パッケージに表示する形が取られるが、スペース的な制約や、サービスの変更があった場合にパッケージ変更が必要になったり、QRコードが近接しすぎて、違うコードを読んでしまうなどの問題が考えられる。

 

 そこで考えられたのがGS1 Digital Link だ。GS1 Digital Linkは、パッケージ上のGS1識別コードからこれらの情報(サービス)を紐付けし、GS1識別コードをキーにこれらの情報にアクセスできるようにする仕組みだ。

 

 GS1 Digital Linkでは、GS1識別コードに、GS1アプリケーション識別子(AI)を組み合わせたURL形式で表現する。そのURLにアクセスすると、リゾルバと呼ばれるAIとサービスを紐付けする仕組みが、各サービスのアドレスを教えてくれるので、アクセスができるようになる。(これをリダイレクトという)

 

 また、ユーザーはGS1 Digital Linkに欲しい情報の種類を設定できるので、必要な情報にいち早くアクセスが可能だ。実例として、医療用医薬品や医療機器の添付文書の電子化や、粉ミルクのトレーサビリティ情報ページへの誘導、さらには物流設備の管理などの応用例が紹介された。

 

 このようにGS1 Digital LinkはGTINを始めとするGS1識別コードを起点に、動的にサービスを紐付けでき、サービスの発見や解釈が標準化できる点、さらに広く利用されている標準的な技術で実用化されているので、すぐに始めることが可能である点がメリットだと佐藤氏は語った。

 

PL対応にGS1標準を活用する 

 最後のセッションとして「製品安全と流通小売への影響」と題し、一般社団法人PL研究学会の渡辺吉明氏がGS1QRを活用したPL対応を紹介した。

 消費者保護の観点から製品安全(PS)と消費者安全(PL)の法整備が進められ、現在ではメーカーや商社などに「作る・輸入する責任」として国の法律や基準に基づく「万全の安全設計と品質管理」が、売り手には「安全性、表示などを確認して販売する」責任が義務付けられている。

 これまで責任の所在が曖昧だったネット通販においてもデジタル庁の発足から消費者政策の強化が進み、2021年にデジタル庁主導で「取引DPF新法」が成立し、近々施行されることとなっている。「取引DPF新法」では、危険なものを販売した場合、出品した販売業者の責任とされ、オンラインモールなどのプラットフォーマーは免責されることになった。したがって、「より売り手の責任が問われるようになる」と渡辺氏は語る。

 

 その一方で、消費者庁のリコール情報サイトを見ると、毎日のように製品リコールが行われており、実際に事故になっているものも少なくない。

 特に食品関連が多く、リコール情報にはリコール対象の特定情報としてJANコードが掲載されているのだが、このJANコードがいわゆる「独自JANコード」で、第2部で市原氏が語っていたように、実際には商品を特定できず、リコール対象かどうかを判断できないのだ。これではクラウドを始めとしたシステム連携はできず、トレーサビリティに問題があると言わざるを得ない。

 

 このような状況を防ぐための仕組みがGTINとロット番号組み合わせたGS1QRコードを商品に付加する取り組みだ。標準の13桁GTINではロット特定ができないが、GTINにロット番号を付加したGS1QRコードを製品につけることで、QRコードを読み取るだけでロット単位の情報が把握できるようになる。例えばリコールが発生した場合、店頭でもQRコードを読み取るだけでリコール対象のロットかどうかが判断できるし、購入後も消費者自身がスマホでコードを読み取って該当するかどうかを判断することも可能になる。もちろん管理だけでなく、取扱説明書や安全性の確認、レシピなど、さまざまな情報提供も可能だ。

 

 一般社団法人 PL対策推進協会では、このGS1QRコードを使って、製品の安全点検ができるスマホ用アプリ「scodt」を開発し、賛助会員を通して普及する活動を開始した。このアプリを使えば誰でも商品の安全情報に簡単にアクセスできるようになる。

 

 最後に渡辺氏は、「製品の安全はSDGsの基本だと思います。その理由は、(危険なものを)確実に回収する、ということに尽きます。そのためにscodtを開発してきました。ぜひ多くの企業がこのアプリを通して安全情報を伝えられるようにして、製品事故を未然に防いでほしいと考えています」と熱弁し、セミナーを締めくくった。