経験や勘とデータを組み合わせ 地域に支持される店舗を目指す

流通経済研究所
主任研究員
折笠 俊輔氏

 POS(販売時点情報管理)データやID付きPOSデータの利用が進み、これまで見えなかった顧客の購買行動が可視化できるようになってきた。データの分析・活用手法は様々だが、競合店と差をつけるために必要なことは何か。小売業の購買履歴データ分析などに詳しい流通経済研究所の折笠俊輔氏に、差別化を図るためのアイデアを聞いた。

 

POSの活用進む

 多くの小売業がPOSを導入し、売り上げ管理や発注管理などに活用しています。どの時期に何が売れるのかデータで把握し、週ごとに重点商品を決める「52週MD」への利用も一般的になってきました。価格設定と売れ行きの関係分析も盛んで、値引き施策の検討などに活用されています。 

 

 最近はID付きPOSデータの利用も加速しています。ID付きPOSデータは、会員へのポイントプログラムなどから得られる情報を使うことで「いつ」「どこで」「何を」「どれだけ」「いくらで」販売したかというPOSデータに「誰が」購入したかという要素を加えて分析できます。売り上げへの貢献度が高い優良顧客を選別したり、顧客属性別の購買傾向を把握したりすることが可能です。 

 

 例えばある小売店では、クリスマスに生チキンとローストチキンを販売しました。生チキンの売れ行きが伸びなかったことから、今後はローストチキンに絞ることを検討しました。担当者がID付きPOSデータを確認すると、ローストチキンを買った顧客の客単価が1000~2000円だったのに対し、生チキンを買った顧客の客単価は5000円を超えていました。販売数だけで判断すれば売り場から外すべき商品でも、優良顧客の購入率が高い場合があるのです。こうした見極めができるのは、顧客の購買行動を可視化できるID付きPOSデータだからこそです。

 

 

データの解釈力が鍵

 データ分析は高度な分析基盤を用意し、優秀なデータアナリストがいなければできないと思われがちですが、それは大きな誤解です。最近はPOSデータの分析を支援する専門企業もありますので、必ずしも自社でシステムを構築する必要はありません。むしろデータをいかに読み解くかという解釈力を磨くことが大切です。 

 

 例えばカツオと一緒にマヨネーズが売れているというデータが出てきたとき、その関連性に気付けるかどうか。カツオの刺し身とマヨネーズの組み合わせは漁師が始めたもののようで、知る人ぞ知るおいしい食べ方だそうです。実際にある小売店は売り場で食べ方を提案し、好評を得ました。 

 

 特定の時期に菓子の売り上げが大きく伸びる店舗もありました。それは、商圏内のお祭りで子供たちに菓子を配るためでした。データだけでは気付きにくいことも、店頭を知っていることで容易に解釈できるケースは多くあります。現場の経験や勘と客観的なデータを組み合わせて活用することが大切です。 その意味で、ID付きPOSデータを売り場の改善に役立てるためには社内教育が重要です。ある小売業はバイヤー向けの勉強会を定期的に開催していました。経営陣から販促担当者までID付きPOSデータで何ができるのかを理解すれば活用の幅が広がり、分析も深くできるようになります。

 

 

生鮮食品を武器に

 差別化という観点では、地域への理解をいかに深めるかということも課題です。地元民の好みを知る小売店が圧倒的な支持を受けるのは自然なことだからです。 

 

 地域への理解を深めるためには、データ分析によって購買傾向をつかむだけでなく、地道に人間関係を築くことが大切です。顧客とコミュニケーションを図り、地元出身の従業員に発注を任せるなどして店舗の地元化を進めます。地場の農産品コーナーをつくり、農家との関係を強化するのも有効だと思います。

 

 スーパーマーケットでは、売り上げの3~4割を占め、顧客の主な来店動機となる生鮮食品の充実も差別化のポイントです。最近では農業や漁業など1次産業との連携が注目を集めています。 

 

 例えば漁船と直接取引し、その日にとれた魚介類を箱に詰めて納めてもらえるようにすれば「本日のとれたて鮮魚  1匹○○円」といった売り方ができます。新鮮で安く、どんな出物があるかは来店しないと分からないという魅力的な売り場になると思います。 

 

 現場の経験や勘と客観的なデータを組み合わせて戦略を練り、地域に密着しながら他店と差別化を図る。これが繁盛店づくりの王道だと思います。

 


 

《繁盛する小売店づくりのポイント》

 

①データ活用に乗り遅れないこと

 POSが普及し、ポイントプログラムなどの導入も進んでいる。積極的なデータ分析と活用は、競合店との差別化を図る最低限の条件になりつつある。

 

②データの解釈力を高める

 同じデータを見ても、解釈力の差が売り場の差になり、売り上げを左右する。現場の経験や勘と客観的なデータを組み合わせて戦略を練ることが大切だ。

 

③地域に根差して差別化の工夫を

 データ分析や店頭でのコミュニケーションを通じて、地元民のニーズに応えられる売り場をつくる。1次産業と直接連携することで、生鮮食品を差別化の武器にするのも一案だ。

 


 

折笠 俊輔(おりかさ・しゅんすけ)

筑波大学大学院ビジネス科学研究科修士課程修了。精密機器メーカーを経て、2010年流通経済研究所に入所。主な研究領域は、小売業の購買履歴データ分析、農産物の流通・マーケティングなど。著書『店頭マーケティングのためのPOS・ID-POSデータ分析』(共著/日本経済新聞出版社)。

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